切れ切れ爺さんの徒然撮影&日記

主に寺院や神社等を中心に、文化財の撮影と紹介。
時に世の中の不条理への思いを発言していく。

京都府京田辺市 西明寺と須賀神社・・・神仏習合の跡?

2017-10-11 23:20:15 | 撮影
  

 京田辺市の打田地区にある。以前に紹介した天王地区にある朱智神社からは道路の距離でちょうど5km。また現地から僅か100m 西へ行けば奈良県生駒市。同じく南500m程で精華町に出ると言う京田辺市の、それこそを端っこにある。特に行くのに困難な感じでもなく、普通に車が走れるような道で行きやすいと言えば行きやすい所。山間部ではあるが。
 西明寺については、境内にある説明書きだけが頼りで、ネットを始めどこにも情報が見当たらなかった。すぐ隣に須賀神社があることを見ると、神仏習合時の姿が見える。説明書きには宮寺とあるが、そういった意味ではそこそこの歴史はあるんだろう。本堂や鐘楼などの建物は比較的新しく、近年に再建されたものだと思う。

  

 しかし境内入り口に、その部分だけがかなりな歴史的重みを見せる石造物が並んでいる。その中の五輪塔が目立つ。説明書きにある物がどこまで正しいのかわからないが、そのような伝承が残っているようだ。南北朝初期の戦乱の中で亡くなった人物を供養したものだと言うが、何らかの事情でここに移されたという。五輪塔の周りを上から下までよく見てみたが、特に何か彫られた刻銘のようなものは見当たらなかった。その両サイドにも石碑のようなものがあるが、よくわからない。石造物に興味のある人にとってみれば、見る価値は十分にあると思う。

  

『西明寺と五輪塔
  京田辺市打田宮本三番地

 無量山と号し、阿弥陀如来坐像を本尊とする。隣接する須賀神社の宮寺で、大阪府守口市佐太の来迎寺を本山とする融通念仏宗であった。同じ来迎寺の末寺であった京田辺市の極楽寺(高船) ・正福寺(三山木江津) ・念仏寺(草内東) ・慶照寺(普賢寺)が西明寺と同様に明治初期の「廃仏毀釈」とその後の政府の寺院の統合方針により浄土宗に帰属した。
 五輪塔は高さ約一 ・五メートルの花崗岩製で、南北朝時代初め(十四世紀前半)のものとみられる。地元の伝ではこの石塔は神社前方の三上山の上にあったもので、後醍醐天皇方についてこの地で戦った公家の千種忠顕(?~一三三六)の供養塔とされる。この山は木津川地帯から西方を見ると天王山系南端に突起状に際立って見え古代からの信仰の山とみられるが、山頂は平坦になっており天然の山城として格好の場所である。
  京田辺市教育委員会
  京田辺市文化財保護委員会(境内の駒札より)

  須賀神社本殿は京都府の登録文化財ということで見に入った。境内は思った以上に広く、山間部の神社としてかなり立派な構えをしている。
 鳥居から入っていくと、拝殿らしき建物があり、その背後に拝殿・本殿と続く。本殿は比較的小さいものの、また鮮やかな彩色はないものの、細かな彫刻が施され、ありきたりとは言えない見所があると思う。その細かな彫刻の一部に木鼻が動物のバクの頭部が彫られたものが見える。この時代にバクという動物が知られていたことに、ちょっとした驚きを覚えた。考えてみれば、像などはもっと古くから知られており、意外なことでもないのかもしれない。

         

 周りには「牛頭天王」と刻まれた石灯籠がいくつもあって、以前に紹介した朱智神社の牛頭天王社をこの地にも、という思いから造営されたらしい。
 牛頭天王については、以前、簡単な説明をしたが、神仏習合の神でもあり、ひいては祇園信仰の神で、さらに祇園祭の起源になったと言われている。

  

 別の話だけど、ネットで調べている中で、ミュージシャンの宇崎竜童氏の母方の祖先にあたる人がこの地域の出身で、さらにその先祖の方が、南北朝の戦乱で後醍醐天皇側について戦った人物だと言われる。その人の名前が、神社に奉納されている狛犬の台座に掘られているという。NHKが番組で調べたということらしい。


『須賀神社
  京田辺市打田宮本一番地

 京田辺市の最南端に位置する。
 安永五年(一七七六)の「氏神牛頭天王造供神社心牘之控」に普賢寺郷十か村の惣社である天王村の牛頭天王社(現在の朱智神社)に遠いため、打田村にも古くから天王社を造営したとみえる。
 明治になり須賀神社と改められた。
 現在の祭神は須佐之男命である。
本殿(京都府登録文化財)は、東に面した一問社流造の建物で、高欄擬宝珠銘から安永五年の建立であることがわかる。現在屋根は銅板で葺かれている。正面の木鼻はバクの彫り物に作り、桁隠しは大きな菊花彫物ヒするなど、手のこんだ彫刻がみられ、山城地方の十八世紀中頃を代表する神社建築といえよう。
 例祭十月十八日(現在は体育の日)
  京田辺市教育委員会
  京田辺市文化財保護委員会(境内の駒札より)
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« 切れ切れ爺さん 食中毒で病... | トップ | 京都府京田辺市 甘南備寺・... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

撮影」カテゴリの最新記事