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「米欧の距離拡大、世界は本当に変わるぞ」(櫻井よしこ 『週刊新潮』 2019年3月7日)

2019-03-10 | 国際情勢
2019.03.07 (木)

2月15~17日の3日間、ドイツのミュンヘンで開催された安全保障会議は米欧関係のただならぬ軋轢を世界に示す場となった。米欧露中など多くの国が集うこの会議は、世界の安全保障を協議する権威ある会議のひとつだ。年来、同会議では米欧が相互に同じ立場に立って協調関係にあることを世界に示してきた。それがいま、空中分解に近い形で、両者の溝の深さを曝け出した。

世界情勢の分析における第一人者が田久保忠衛氏だ。氏は、ミュンヘン安保会議で明らかになった米欧の亀裂の深さを、とりわけ日本は厳しく認識しなければならないと説く。日米同盟が最重要なのは変わらないが、米国一国とだけの緊密な関係では不十分な時代になっているというのである。

ドイツ首相アンゲラ・メルケル氏と、米副大統領マイク・ペンス氏の演説から、重要な点を引いてみよう。

メルケル氏は、「国際関係は全て相互作用だ」、「世界は大いなる困惑(パズル)」の中にあると語り始めた。

「欧州にとって、今年最悪のニュースは中距離核戦力(INF)全廃条約の終結だ。何年にもわたるロシアの条約違反ゆえに、終結は不可避だった。しかし、米ソ(露)はそもそも欧州のために同条約に合意したのではなかったか」

INF離脱を宣言したトランプ大統領を非難しながらも、ロシアの条約違反にも言及するなど、バランスをとろうとしているのが見て取れる。

メルケル氏は中国も参加する新たなINF条約を作るべきだと訴えたが、その後に演説したペンス氏はINF条約でロシアを非難した。さらにその後に演説した中国共産党政治局員、楊潔篪氏は、メルケル提案に明確に反対した。

イギリスのシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)によれば、中国保有の核兵器の95%がINF条約違反に当たる。拡大INF条約ができたとしても、中国の加盟はあり得ない。まさにその点こそが米国離脱の理由である。楊氏はこの点を問われ、素っ気なく「中国は自国防衛の必要性において核兵器の開発をしており、他国の脅威にはなっていない。INF全廃条約の多国間化には反対だ」と答えた。

凄味のある指摘

INF条約に入るはずのない中国に参加を要請するなど、メルケル氏は親中国である。なぜ、そうなのか。氏が演説後半で中国について語った非常に興味深い部分は、氏の親中国の要因のひとつでもあろうか。

その話は後述するとして、欧州の安全保障について、ペンス氏は、2年前の自身の演説を振りかえり、「アメリカ第一」は「アメリカ独り」を意味するのではないと強調した。北大西洋条約機構(NATO)防衛に対する「固い誓い」は米国の変わらぬ政策だと明言した後、NATO加盟国の国防費問題をもち出した。経済活性化策を成功させ、歴史的な大減税と大幅規制緩和を実行し、貿易における相互原則を打ち立て力をつけた米国は、いまや世界最大の石油・天然ガスの輸出国でもある、その米国がNATOを守ると確約しているのだと強調した。

だが、それにはNATO諸国の自助努力も必要だとして、加盟諸国はGDPの2%を国防費に充て、2024年には国防費の20%を装備購入に充てるよう期待すると述べた。ペンス氏の発言は、NATO諸国が敵対国から武器装備を輸入するのを、米国は見逃しはしないという発言と対であるから、米国の武器装備を買えということだ。

メルケル氏も負けてはいない。そのひとつが「ノルドストリーム2」である。ロシアの天然ガス輸出のためのパイプラインを、これまで中継国として自国領土に通していたウクライナを迂回し、バルト海の海底に敷設してドイツが中継国になった。

ペンス氏は、全ての欧州諸国に独露パイプライン計画に反対するよう強く呼びかけたが、メルケル氏はこう反論した。

「ウクライナを置いてけぼりにはしない。東ドイツは冷戦の時代、ロシアのガスを買っていた。後に西独も大量に買った。いまなぜ、とやかく言われるのか」、「私の左にウクライナ大統領のポロシェンコ氏、右には中国代表の楊潔篪氏がいる前で言いにくいが、我々はロシアを中国に依存させてよいのか。ロシアのガス輸入を中国頼りにしてよいのか。それが欧州の利益だとは思えない」。

米国への堂々たる反論である。中国依存にロシアを追いやってよいのか、とは凄味のある指摘ではないか。

それでもペンス氏は、メルケル氏のノルドストリーム2を強く批判した。対してメルケル氏は、米国の貿易赤字解消のために車に関税をかける、欧州車が米国の安全保障の脅威になっていると主張したことを、鮮やかに斬って捨てた。

メルケル氏の中国観

「ドイツ車は我々の誇りだ。だがBMWの最大の工場はドイツにはなく、米国のサウス・カロライナにある。米国はそこからBMWを中国に輸出しているではないか!」

米国にとっては抗弁の余地のない批判をメルケル氏は舌鋒鋭く展開し、大西洋同盟を維持する気があるのなら、このような無理な批判はするなと反撃したのだ。

メルケル氏とペンス氏の間の溝は中国のファーウェイの脅威についても、イランとの核合意についても全く埋まらなかった。その中でメルケル氏の中国観は、日本人の私たちこそ記憶にとどめておくべきだろう。彼女はざっと以下のように語った。

中国を訪れたとき、中国政府要人はこう語ったという。「紀元後の2000年間の内、1700年間は我々が世界最大の経済大国だった。驚くことではない。これから起こることは、我々が以前の場所に戻るというだけだ。(中国が大国でなかった)過去300年間、あなたにその経験と記憶がないだけの話だ。この300年間は、まずヨーロッパ人が支配し、次に米国人が、そしていま我々が共に支配している」。

次の段階で中国は以前の地位に戻ると、中国要人がドイツの現役首相に語ったというのだ。

「我々は中国が立ち上がり、駆け上がってくるのを、見ているのだ」

メルケル氏はこう語った。つまり中国要人の主張が現実になると考えているのであろう。米欧の距離はすでに遠く、なお遠くなるだろう。

ペンス氏は、メルケル氏とは対照的に中国の知的財産の窃盗から南シナ海での侵略、債務の罠まで手厳しく非難した。この中国批判は正しいが、米国に関する深刻な懸念は、米欧同盟の戦略的重要性を十分把握しないトランプ大統領が、いま中国と厳しく向き合うことの重要性を理解できず、妥協してしまうことである。

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