東アジア歴史文化研究会

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『大東亜戦争 日本は勝利の方程式を持っていた』茂木弘道著(ハート出版) 日本が大東亜戦争に「勝てる」戦略があった 山本五十六が、海軍が判断を誤ったことが敗因(宮崎正弘国際ニュース早読み)

2018-12-01 | 日本の歴史
こうすれば勝てたというのは、戦後もたびたび語られた。しかし「敗軍の将、兵を語らず」とされ、とりわけ大東亜戦争を指導した人たちには罵声が浴びせられ、一切の客観的批判さえ封じられた。

著者の茂木氏は「勝てた」というIFの法螺話を展開しているのではなく、日本は「勝てる」戦略があったと言っているのである。

大東亜戦争の敗因は真珠湾攻撃が成功しすぎて、山本五十六が軍神となってしまい、大本営発表は陸軍が悪いと言われたが、じつは海軍が判断を誤ったことが敗因に繋がってしまった。

日本が負けるや、さっと身を躱して左翼にころりと転じ、「わたしは騙されていた」などと良心と愛国心の狭間に立って呻吟したなどと嘘をほざいた転向学者が山のようにいた。昔の武士なら弁明をせず、だまって切腹したものだった。

さて「秋丸機関」が精密正確なシミュレーションをしていたことは、ようやく知られるようになった。
これは日米開戦を前にして、敵側に回りそうな米国、英国、ドイツ、そしてロシア(ソ連)の国力、その資源、人力、産業のインフラ等を精密に事前調査し、その国力、戦力を経済の視点から分析し、戦争の勝ち負けを大胆に予測した陸軍傍系シンクタンク。学者を動員して組織化した中心人物は岩畔豪雄だった。

このメンバーには驚くことに、裁判で保釈中だった有沢広己や、中山伊知郎、竹村忠雄など経済学者が多数、加わっており、その研究成果をまとめたペーパーは、日本の敗戦直前にすべて焼却された。

ところが焼却処分されたはずの一冊が有沢の死後に、かれの蔵書の中から見つかった。幻とされ、焼却処分された筈の「秋丸機関報告書」がでてきたのだ。とくに秋丸機関は、日米開戦にいたった場合、資源供給はうまく行くのかというシミュレーションを念入りに行っていた。

牧野邦昭『経済学者たちの日米開戦』(新潮撰書)はこう書いた。

「英米とソ連に対して宣戦を布告し南方を占領した場合の経済国力の推移予測(応急物動計画試案)を策定していたが、その結果は鋼材生産額は三分の二に減少し、民需は殆どの重要物資が五割以下に切り下げされるという悲惨はものだった」

ならばと秋丸機関で熟慮された提言は次のようである。
「対英戦略は英本土攻略により一挙に本拠を覆滅することが正攻法だが、イギリスの弱点である人的・物的資源の消耗を急速化する方略を取り、『空襲による生産力の破壊』『潜水艦戦による海上遮断』を強化徹底する一方で『英国抗戦力の外郭をなす属領・植民地』に戦線を拡大して全面的消耗戦に導き、補給を絶ってイギリス戦争経済の崩壊を目指す」。

そのうえで「アメリカを速やかに対独戦へ追い込み、その経済力を消耗させて『軍備強化の余裕を与えざる』ようにすると同時に、自由主義体制の脆弱性に乗じて『内部攪乱を企図して生産力の低下及反戦気運の醸成』を目指し、合わせてイギリス・ソ連・南米諸国との離間に努める」

茂木氏の最新作は、この秋丸機関の議論も十分に踏まえつつ、大東亜戦争は無謀な戦争ではなかった、勝利の方程式はあったのだ、と最新データをふんだんに駆使して力説される。

とくに重視されているのが昭和十六年十一月十五日に大本営政府連絡会議決定の「対米英蘭蒋戦争終末促進に関する腹案」である。ここに述べられた基本方針は、歴史家がもう一度スポットを当てるべきで、まっとうで勝てる戦略だったというのである。
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