kintyre's Diary 新館

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松井秀喜が引退表明「寂しい気持ちはあるが、ほっとした気持ち」

2012-12-28 12:41:04 | 野球全般

タンパベイ・レイズ(ア・リーグ東地区)からFAとなっていた松井秀喜外野手(38)が現役引退を表明した。ニューヨーク市内で会見し、「本日をもちまして、20年間に及ぶプロ野球人生に区切りをつけたい」と語った。日米通算507本塁打、平成最強のスラッガーは日米通算20年間のプロ生活に終止符を打ち、バットを置くことを決断した。

1992年夏の甲子園、星稜(石川県)の4番だった松井は明徳義塾戦で5打席連続敬遠され、伝説となった。ドラフト会議では4球団からの指名を受け、抽選で当時の長嶋監督が引き当てて憧れだった阪神では無く読売へ入団した。読売の4番は落合がFA移籍して君臨していたが、長嶋監督は「1000日構想」を打ち立てて、徹底的にマンツーマン指導をした結果、落合退団後の4番を任された。
読売では10年間プレーし2002年オフにFA権を行使し、2003年ニューヨーク・ヤンキース(ア・リーグ東地区)入り。2009年ワールドシリーズでは日本選手初のMVPを獲得するなど活躍した。
だが、故障歴などが原因で契約更新はされず2010年はアナハイム・エンゼルス(ナ・リーグ東地区)、2011年はオークランド・アスレチックス(ア・リーグ西地区)でプレーし、メジャー10年目の今季は開幕までに所属先が決まらず、シーズン途中で故障者が続出したタンパベイ・レイズとマイナー契約を結び、マイナーでのプレーを経てメジャー昇格を果たしたものの、34試合で打率・147、2本塁打、7打点に終わり、7月25日に戦力外通告を受けた。

【会見での主な発言】
Q.引退決断の理由は?

松井:「チャンスをもらいながら結果が振るわなかったことが一番大きい。5、6年くらい前から両膝の状態も良くない時期があって手術も受け、体力的に多少下り坂の中で、だましだましやってきた。結果が出なくなって命懸けのプレーも終わりを迎えた

Q.今の心境は。

松井: 「寂しい気持ちはあるが、ほっとした気持ちもある。非常に複雑。引退という言葉はあまり使いたくない。まだ草野球の予定も入っているしね」

Q.一番の思い出は。

松井:「長嶋監督と二人で素振りした時間。それが一番印象に残っているかもしれない。ジャイアンツで毎日のように二人きりで指導していただいた日々がその後の野球人生の大きな礎になった。感謝してもし尽くせない



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