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映画『情熱のピアニズム』を観て

2012-11-26 20:37:54 | ヨーロッパ映画

12-93.情熱のピアニズム
■原題:Michel Petrucciani Body & Soul
■製作年・国:2011年、フランス・ドイツ・イタリア
■上映時間:103分
■観賞日:11月25日、吉祥寺バウスシアター(吉祥寺)
■料金:1,800円



□監督:マイケル・ラドフォード
【ドキュメンタリーの為、主な出演者及び証言者】(順不同)
◆ミシェル・ペトルチアーニ(生前の本人)
◆ユージニア・モリソン(ミシェルの恋人)
◆フィリップ・ペトルチアーニ(兄)
◆トニー・ペトルチアーニ(父)
◆アルド・ロマーノ(ドラマー)
◆エルリンダ・モンターニョ=ヒスコック(最初の妻)
◆リー・コーニッツ(サックス奏者)
◆エリオット・ジグモンド(ドラマー)
◆アレクサンドル・ペトルチアーニ(息子)
◆アンディ・マッキー(ベース奏者)
◆マリー・ロール・ロペルシュ(ミシェルの恋人)
◆フランソワ・ザラカン(プロデューサー)
【この映画について】
その笑顔を見れば誰もが彼を愛さずにはいられなかった。そしてその演奏を聴けば並外れた才能に圧倒され、生み出される音楽に酔いしれることになる。名門ブルーノート・レコードとヨーロッパ出身のミュージシャンとして初めて契約を交わした稀代のピアニスト、ミシェル・ペトルチアーニの短くも情熱的な人生を、彼を知る人々の貴重な証言と数々の演奏シーンで綴ったのが本作である。
メガホンをとったのは『イル・ポスティーノ』で世界的に絶賛され、ドキュメンタリーの名手でもあるマイケル・ラドフォード。恋する相手には事欠かず、何でも経験してみたいと常に変化を愛したペトルチアーニ。どんな時も全力で生きた姿に魅了される。
(この項、gooより転載しました)


【ドキュメンタリーの為、ストーリーは割愛】
「イル・ポスティーノ」のマイケル・ラドフォード監督が、36年という短い生を駆け抜けたフランスのジャズピアニスト、ミシェル・ペトルチアーニの生涯に独自のアプローチで迫るドキュメンタリー。
ミシェル・ペトルチアーニの数奇な人生は、1962年、全身の骨が折れた状態で生まれた時から始まる。ガラスのような骨を持つ病気のため、幼少の頃は歩くこともできず、身長は成人してからも1メートルしかなかった。だが、彼は桁外れの音楽的才能と、誰にでも愛されるカリスマ的人格を神から与えられた。8歳で初舞台を踏み、13歳でプロデビュー。

渡米後は数々の伝説的ミュージシャンとセッションを重ね、フランス人として初めてブルーノート・レコードと契約を交わし、彼の才能は世界中に知れ渡ることとなる。幼少期から亡くなる直前までの日常や演奏風景のほか、彼を良く知る錚々たるミュージシャンやレーベルプロデューサーのインタビューを交え、人々を魅了し続けたカリスマの人生に迫る。

そもそもジャズのレパートリーは少ない私ですが、何故かこの映画は観てみたいと思ったので近所の映画館で偶然公開していた本作を観た。彼のCDは1997年にブルーノート東京でトリオで臨んだライヴ盤「Trio In Tokyo」と、この映画を観た後に買った「Music」の2本だけなので、余分な知識無しで映画を観たことになる。
この映画ではイタリア系フランス人一家で音楽家でもある父を中心としたミシェルの生い立ちに始まり、アメリカへ渡ってからの生活からNYで亡くなるまでの全てを網羅している。彼のキャリアは渡米してから暫くは陽の目を見ないが、英語力の驚異的な上達と同時に徐々に彼の名声は高まって行く。

世界的名声を得た彼はライヴに没頭し、死の前年である1998年には200本を超えていた。愛すべき天才の素顔は豪快で自信に溢れ、享楽的でユーモアを解する愛すべきキャラクターだったが、常に女性問題を多く抱えていた。孤独を嫌う天才のそばには常に女性に囲まれており、それは彼が結婚しても変る事は無かった。
作品の中でも彼の元妻や元恋人と称する女性が度々登場し、彼との思い出話をカメラの前で語っていたが、どの女性も彼を悪く言う事は無かった。
音楽面では彼の生前のライヴ演奏シーンがふんだんに紹介され、彼を良く知る錚々たるミュージシャンやプロデューサーらが証言している。そして彼の情熱ほとばしる演奏が如何に聴衆を魅了していたかが良く分かる構成だった。
最後の方で父ミシェルとウリ二つの容姿を持つ息子アレクサンドルが画面に登場したのには驚いた。何と、息子も父と同じ障がいを抱えているのだった。

20歳までしか生きることが出来ないとさえ言われて、36歳まで生きてNYで亡くなった。その最期は連日のライヴで体調を崩し、しかもドラッグに依存しての最期だったのは残念だが、充分に濃い人生を全うしたのではないだろうか!


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