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「竹下村誌稿」を読む 306 産業 2

(散歩道のセンニチソウの群落)

午後、曇り空だけれども、雨は降らないと思い、散歩に出掛けた。家から北へ向かって歩く。田んぼでは藁束を細かく砕く機械で、田んぼに戻している。稲藁から昔は何でも作れた。だから砕いて田んぼに戻す発想はなかったはずである。身の回りには、昔は有用であった植物が、今では忘れられ、かえって邪魔なものとして扱われているものがたくさんある。

松竹梅は縁起物の植物として、言葉が残っているけれども、元は庶民にとって様々に利用できる有用な植物の代表で、好んで身の回りに植えられた。松は落葉も松かさも、貴重な燃料であった。竹は、筍、竹細工の材料、建築材など、棄てる所がなかった。梅は花が愛でられたが、何と言っても梅干しである。ところが、今では松は松枯れのなせるままであり、竹は利用価値が失せ、その繁茂が問題視されている。何とか栽培され続けているのは梅だけである。

渋柿は昔は採れる渋が有用なもので、どの農家にもあったが、近辺では次郎柿に皆んな取って代られた。だから近くでは中々手に入りにくかったけれども、近年の干柿ブーム(?)で、新たに植える農家が増えたためか、割合に手に入りやすくなった。植物にも栄枯盛衰があるようだ。

一時間ほどの散歩で、そんなことを考えていた。

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「竹下村誌稿」の解読を続ける。

今本村農業の情態を概叙すれば、総戸数七十四戸の内、商工雑業二十二戸、農業五十二戸にして、全戸数の十分の七を占め、専業四十五戸、兼業七戸、これを自作、小作に区別すれば、自作者三割にして、その一分を自作し、その一分を小作するもの五割、全く他人の土地を小作するもの二割とす。仮に田畑反別三十五町を農戸数に割り充(あ)つれば、一戸平均、約六反八畝歩を耕作する割合にして、結局一年の生計を支うるに足らず。故に農閑の時に在りては、労銀に依るものなきに非ず。
※ 概叙(がいじょ)- おおむねを順序立てて述べること。
※ 労銀(ろうぎん)- 労働に対する賃銀。労賃。


されど、耕作する田畑は従前と大差なしといえども、茶園に在りては、近年著しく増加に傾き、その大部分は、志戸呂村字行田原(あんだばら)と称する台地を開墾して、茶園となし、年々五月より九月頃までは、茶によりて生計を補いつゝあるもの少なからず。またこの茶園の間作として、陸稲豆菽、甘藷、蒟蒻、馬鈴薯、大根、蕎麦などを作付して、相応の利源を収めつゝあり。要するに人口の増殖、人文の進歩、交通の発達、嗜好の向上などは、益々農産の発達を促し、耕種の方法も粗放より集約に進み、土地の利用の程度も、往時に比すれば、著しき進歩と云うべし。主なる産物に付き、その要を略記すべし。(大正七年八月稿)
※ 陸稲(おかぼ)- 畑に栽培される稲。水稲に比べて収穫量が少なく、味も落ちる。りくとう。
※ 豆菽(とうしゅく)- 豆類のこと。
※ 耕種(こうしゅ)- 土地をたがやして、種や苗を植えること。
※ 粗放(そほう)- 綿密でなく、あらっぽいこと。 大まかでしまりがないこと。
※ 集約(しゅうやく)- 物事を整理して、一つにまとめること。
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