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上越秋山紀行 下 30 七日目 逆巻 1

(挿絵、猿飛橋)

「上越秋山紀行 下」の解読を続ける。

これより逆巻と云う村へ赴く。道筋の風景は具(つぶさ)に記さず。往々(ゆきゆき)て、ここにゆうべ翁が噺の通り、荒し畑に一面に尾花、雲の如く、斜めなる山の麓まで、真白に見涸れせぬ詠(なが)めの内に、大小の山猿、我等が足音にや、凡そ四、五十疋も続きて、親猿と見え小猿を肩に引かけ、前途より横へ反り、尾花を分けて逃げ去りぬ。

秋山一見に、狗は処々に見えれども、餘獣はこれまで始めてと、興を催し、やゝ逆巻近き処は、大樹原にして、その嶮岨を降りれば、この村、纔かに四軒の家経営処ながら、近頃建てたる風情の、九尺二間位の土蔵、この秋山中、巡村の内に始めて見請けたり。実に聖代数百年続き、かゝる深山の奥までも開きたりと、感嘆頻りなり。
※ 餘獣(よじゅう)- ほかのけもの。

音に聞く猿飛橋とは、この村の辺りにありて、恐しき橋となん。そは却って好もしく、渡らんと直に家の辺りより樹影に見ゆる故、桶屋先へ進んで、柴橋半ば見え、この方の巌影に半ば見えず。橋際近く往く処、絶壁の立岩に足がゝり、纔かに切り付けしのみ。

兎や角悩み、不図(ふと)考え、右の村家へ帰り、門に大足落す男に酒手を呉れて、手引き案内頼みければ、この者先へ進み、予が笠も杖も短刀も、腰にさし背にかけ、最初の岩角を巡るに見上れば、巌石聳え見下せば、潭水藍に似て、名も逆巻の水、逆さまに巻き、渕は足下にて、案内は予が帯を左の手に掴み、右の手は岩角にすがり、頓(やが)て橋今少しに、一つの大磐石、水際より天窓のうえまで、屏風を立てたる如く、一歩も進みかね、進退ここに極まる処、大なる藤縄の蔓あり。

かの八海山頂の鉄の鎖を思い出し、または芭蕉翁の命をからむ蔦かづらなど、溜め息の内に吟じ、辛くして橋際に至れば、三、四人も安座する程の大磐石、中津川へ鼻さし出したる如く、この処、川幅せまく水法(の)り流れ、その深き事知るべからず。
※ 法(の)り - ゆったりと。

両岸狭き処に二本の長き木を渡し、横に柴かき付け、中程撓(たわ)みて気味わるく、案内の者の手を引いて渡らんとするに、危く例に匍匐(はらば)い、中程になり橋は頻りと震い、冷汗流れて顔をひたし、辛(かろ)うじて向への岸の大磐石に、始めて蘇生したる心持に、

    澗水逆巻孤村東   澗水逆らい巻く孤村の東
    険巌一路巡屏風   険巌の一路は屏風を巡る。
    藤蔓掛手露命   藤蔓に手を掛け、露命を(と)ぎ、
    切岸側足溜息通   切岸に足、側(かたむ)け、溜息を通(つ)く。
    九間芝橋如仙境   九間の芝橋は、仙境の如く、
    千尋中津怪龍宮   千尋の中津は、龍宮かと怪しむ。
    漸到磐石互見皃   漸く磐石に到り、互いの皃(かお)を見れば、
    冷汗未止従猿紅   冷汗未だ止まず、猿より紅なり。

   なんばんの ように撓(たわ)みし 猿橋を
     から/\わたる 皃
(かお)の紅葉ば
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