goo

旅の途中で爺さんになる

(鹿児島城山公園から桜島方面を展望-孫誕生から一時間後)

下の娘が出産を控えていた。6月4日が予定日だったが、気配がなくて診察では一週間ほど延びるという。まあ、最初の子だし、あわてて出てくることもない。一週間遅れると誕生日に産むことになると女房が言う。6月11日は自分の62回目の誕生日である。その日と重なるというのである。誕生日を合わせる必要も無いし、重なるとややこしい。そんなことにはならないだろうと思いながら、どこかにそんな期待もあったかもしれない。そして、かねてからの計画通り、9日から九州へ一週間の出張へ出かけた。父親ではないのだから、生まれたときに電話でもくれればいいと女房には話した。

10日夜、鹿児島の人達と夕食を摂った。明日は自分の誕生日だと話し、ついでに、もうじき初孫が生まれると話した。予定日が4日だったけれど、遅れているみたいだ。それはきっとおじいちゃんの誕生日に合わせて生まれてくるんですよと、女子社員が持ち上げてくれる。

次の日、事務所での仕事を少し早めに終わって、ホテルに引き上げようとした。ところで、お孫さんは生まれましたかと聞かれた。携帯を取り出したらメールが入っていた。女房から「生まれました」と一言のメールだった。16時12分の発信である。今、生まれたとメールが入ったと話した。おめでとうございます。やっぱり誕生日が一緒になりましたね。そんな祝福を受けながらホテルに引き上げた。

女房の携帯に電話をした。まだ病院にいるのであろう、2度掛けてみたが通じない。写真を添付して来ればいいのに、女房は送り方がわからないのだろうと思った。一時間ほどして、女房から電話が入っていたので折り返して掛けたら、3時過ぎに生まれたという。最初に性別を聞くのだろうが、男の子であることは検診の際に判っていた。言ったとおりに誕生日が同じになった。3kgで大きくなり過ぎていなくて良かった。よく頑張ったよ。へその緒が絡まりそうになったけど、上手に潜り抜けて出てきた。頭のいい子だよ。そこまで言うと親バカならぬ婆バカだ。とにかく母子共に無事で出産が終わり何よりであった。

ホテルに入って、もう一度携帯を見てみたら、何と生まれてすぐに撮った写真が添付されているではないか。一言のメールだけと思ってよく見なかった。大きな口をいっぱいに開けて泣いている。赤ん坊といわれる通り、全身真っ赤である。

かつて、甥っ子が生まれたばかりの息子の写真をメールに添付してきた。赤ん坊は生まれたばかりは誰でも赤いばかりで可愛いといえる状態ではない。一日二日とこの世の空気に触れる間に、日に日に可愛くなって行くものである。そんな風に感じて、おめでとうの言葉と共に、まだとても人間とは思えないというような写真の感想をメールで書いて送ってしまった。あとで女房に子供は可愛いとほめるものだと怒られた。きっと、甥っ子も気を悪くしたかもしれない。

今日、出張から帰って来た。明日、対面に行く予定だが、3日経つからきっと人間らしくなっているだろう。
コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )