木のつぶやき

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books91「プレカリアート-デジタル日雇い世代の不安な生き方」雨宮処凛・洋泉社新書

2008年02月28日 23時46分53秒 | books
プレカリアート―デジタル日雇い世代の不安な生き方 (新書y 181)
雨宮 処凛
洋泉社

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このところ「貧困問題」関連の本を連続して読んできた。この新書は去年の10月に発行になってるので、かなり「最新」の状況が分かる。
プレカリアートとは、「不安定な」という意味を表すプレカリオと、「プロレタリアート」をくっつけた造語で、「不安定な雇用・労働状況における非正規雇用者・失業者を総称していう」のだそうだ。
でも前半は「ネットカフェ難民と貧困ニッポン」と重なる部分が多かった。
後半は、石原慎太郎東京都知事との対談が載ってたりして、ワケ分からない展開だけど、220頁からの「終章 プレカリアートの不安で曖昧な未来」はなかなかおもしろかった。
団塊の世代の子供世代が不安定雇用にさらされているのは、単にバブルがはじけたあとの不況で就職できなかっただけでなく、「彼らをアルバイトなどの流動雇用形態の労働力として、言い換えれば労働力需給調整の緩衝帯(バッファ)として活用すれば、親にあたる団塊世代の雇用は維持できる」(経済企画庁の報告書「二十一世紀のサラリーマン社会」1985年)という明確な目的を持って仕組まれていたというくだりだ。(220頁)
ああ、これってどっかで読んだ議論だなと思ったのだけれど、どの本に書かれていたのかは忘れてしまった。
確かに私の会社の人員年齢構成を見ても、平成23年度退職くらいまでの年齢層が一番厚くて、そこをどう乗り切るかにきゅうきゅうとしている。この年代の首を切れない代わりに新卒採用を手控え、いわゆる契約社員や派遣社員で乗り切ろうというのが会社の魂胆だ。
そして、もう一つ興味深く読んだのが
「「一人で生きてきた」ような顔をしている人たちのほとんどは、日本型の社会保障機能(企業と家族)に頼って生きてきたのだ。現在起こっているのは、その企業と家族の持っていた社会保障機能が、急速に低下してきたという事態である。」
「国家に頼って生きる人間(ここでは生活保護を受けることを指している)を「甘えている」というのであれば、団塊の世代を含む企業戦士たちも立派に企業に「甘えて」生きてきた」(湯浅誠・仁平典宏「若者の労働と生活世界」)との指摘だ。
いずれも雨宮さん以外の人の書いたもので、そういう意味ではこの本は引用だらけだったり、石原慎太郎東京都知事とのしょうもない対談にけっこうなページが割かれていたりしてちょっと安易な書き物という印象を受けた。ただ、「貧困」の問題に社会の関心を集めるという意味で「プレカリアート」というこの本の題名はよくできていると思った。

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