木のつぶやき

主に手話やろう重複の仲間たちのこと、それと新聞記事や本から感じたことを書き込んでいきます。皆様よろしくお願いします。

books12「手話でいこう-ろう者の言い分 聴者のホンネ」

2005年02月25日 15時06分36秒 | books
この本は、京都で一緒に住んでるろう者のねこさん(女性)と、聴者のかめさん(男性)の「ふだんの暮らしをつづったもの」です。
僕が読後、心にひっかかったのは、

68頁ねこさんの「口話って歩み寄り?」の項
よく言われるフレーズがある。
「ろう者も歩み寄ってしゃべって」


僕自身は「しゃべって」と直接頼んだことはないけど、結果的に口話してもらわないと読み取れないことはしばしば…。なんかそれは仕方ないというか「歩み寄り」として当然みたいに考えていたように思う。「声を出してもらう」ことと「口型をつけてもらう」ことはちょっと違うけど、口話をする側のろうの気持ちって、そこまで考えたことがなかった。「そこまで」っていうのは、口話を身につけてきた中でのネガティブな体験や思い。

2つ目は、
87頁のかめさんの「町行く人の目」
ねこは、町を行く人の視線が気になることがあるという。

それに対して聴者のかめさんは「目の違いだろうか」「(ねこは)めちゃくちゃ視野が広いのだ」とか「メンタリティの違いもあるかもしれない。ろう者は聴者の悪意や偏見を、おそろしいほどの敏感さで見抜いている」と書いている。
僕も地域のろう者と接するとき「ろう者は、聴者社会から有形無形に与えられる手話への圧迫を鋭く見抜いている。」ということを常に忘れず活動できるようになりたいと考えている。

3つ目は、
159頁ねこさんの「ミラノ決議」
「ミラノ決議」を書き写していたときのことだった。感情がこみ上げてきてわーっと泣いてしまって、その後手がつけられずしばらく寝込んだ。

知識としての「ミラノ決議」しか知らなかった僕は、「ろう教育から手話を取り上げたこと」の意味、いやむしろ「純粋口話法」がろう者に与えた「ねこの経験してきたいろんな光景」を実感としてわかっていなかったことに気づいた。

そして、ねこさんは最後に書いている。
あのミラノ会議の内容は21世紀に読むととても悲しかった。それはやはり、この国ではまだミラノ決議の精神が生きているからだろう。
聴者のかめさんも「聴者がしてはいけないこと」ってタイトルで
「ろう者は文化だけでは語れない」(中略)聞こえないこと。このことがもたらすリアリティは、やはりろう者にとって本質的に大きいのだと思う。そのことで損失をこうむり、腹立たしい思いをし、でもあきらめなければならない現実もしばしばある。そういったマイナスの側面もすべて含めたところに、現実の「ろう者という生き方」がある。


手話でいこう―ろう者の言い分聴者のホンネ

ミネルヴァ書房

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1 コメント

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はじめまして。 (おじょうひん。)
2005-02-25 18:01:09
ブログ、拝見しています。初コメントです。



私もこの本の紹介記事があったので、TBさせていただきました。大したことのない、記事なんですが・・・。
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