今日のころころこころ

おばさんのつぶやき

2014・10・31 おばさんの道 かながわの古道50選・大山道の宿坊街付近

2014-10-31 21:38:07 | かながわの古道50選
あぁ・・・雨模様。天気予報が一晩でひっくり返ったな。
雨降山に行こう。

かながわの古道50選・大山道の宿坊街付近。

大山は江戸時代、山岳信仰の対象とされ、たくさんの講中が登りました。大山へ向かう多くの道はだんだん集まってゆき、一本となり宿坊街に至りました。バス停鳥居前(三の鳥居)より追分駅までの宿坊街は、現在も大山道のメインストリートです。たくさんの土産物屋、旅館が並んでいます。なお、宿坊とは、参拝者が宿泊した施設で、先導師が自分の家を提供しました。現在、多くは旅館になっています。また、先導師とは阿夫利神社、大山寺の信仰を広める役割をした人で、明治以前は御師と呼ばれました。
ふむふむ( ..)φ

お天気悪いし鈍足だし朝も遅いし(`´)ケーブルカーで下社まで往復してしまおう!ということで、小田急・中央林間駅でフリーパスを買う。

伊勢原駅下車。

タイミング良くすぐに大山ケーブル行きのバスに乗れた。

フリーパスは降りる時に運転手さんに見せるだけで便利です。
鳥居前下車。

歩き出す。

すぐに御師の家が見えてくる。

県道611号線になんか立ってる?

御柱・・・

ま。歩く。

今は旅館業に業態変更(?)して誰でも泊まれるようになった所が多いが、以前は、それぞれの御師が布教したそれぞれの講中が予定を組んでしか泊まれなかった。
大山詣では行楽の要素も多かったが、徒歩しかない時代に詣でる方は命がけ。この道は子易口といって一番楽なルートだが今でも険しい面影が残る。受け入れる方も、世界中から物資が簡単に調達できてネットで予約の時代ではない。多人数を受け入れるには早くからの段取りがなければ無理だ。

その先で、いったん県道611号線に合流。

赤い橋が見えてきた。

渡ってまた歩く。


お!米屋さんが見えてきた。

きゃらぶき買って、かながわ名木100選のカシワ様にご機嫌伺いのために社務局に寄る。

カシワ様お元気(^^)

菊の季節だなぁ。

社務局を出る。

相変わらず謎の茶室・・・

ま。歩く。

派手な鉄の馬だなぁ。

お!また橋が見えてきた。

ここからまた県道。

精進料理といえば豆腐。豆腐だらけだが、この豆腐屋さん美味しそうだな♡帰り寄れたら寄ろう。

歩く。

良辧さんでまんじゅう調達。

道中一個しか食べられずに持って帰ってきたが、リックの中で無事だった♡丈夫♡

良辧滝。

私もここで清めたことにする。

そろそろだな。

ここから階段道。

登る。

ん?茶湯寺様。

初めてお邪魔する。

古刹だ。

涅槃仏様がおられるようだが、わからない。
と・・・たまたまおられた御婦人にうかがったら、ご住職の伯母様で、とても親切にしていただいた。ありがとうございました!
電気消えてましたか?まぁ!とわざわざつけてくださった上に、戸を開けてくださった。本日の御供養は終っていたらしい。
涅槃仏様は、本堂に横たわっておられた。よいお顔で眠っておられる。
先々代の御住職直筆の寺のいわれのコピーいただいて、かまちに両手を置いた猫のような姿勢でお話うかがう。

なるほど・・・特異なご供養だな。故人が百日の旅を経て極楽浄土の佛となった日のご供養だから、百一日参りか。この日から水ではなくお茶になるから、茶湯寺か。私だったら般若湯がいいけどなぁ。いかん。罰があたる。
開山900年余。今は浄土宗のお寺様だが。これは、どこまでさかのぼるのか・・・ま。
どんぐりお供えして辞す。会いたい人に会えるという。幸男伯父さんいないかな?
ひたすら階段。

ケーブルの駅が見えてきた。

ここで終点だが、フリーパス買ってあるもん!
久々にケーブルカーに乗る。

それにしても、駅員さんの制帽最悪だな。制服と全く合ってない。誰が決めたんだろう?センス無いアホだな。ああいう場所だからこそ、普通の制帽がいいのに。
ま。出発!

大山寺で途中下車。

運転手さんが親切に方向と所要時間を案内してくれる。
登ってきてるなぁ・・・

歩く。

階段・・・

本堂。

檀家は無い。様々に工夫されてる。
それでもやはり、霊峰におわす。

ケーブルカー終点。

下社へ。

この獅子山♡♡♡

秋の山の日暮れは早い。気温もいきなり落ちる。上社へはもう行ける時間ではない。

帰ろう。

霊峰は、足元がどんなに俗化しようとも、やはり、霊峰だった。
はるかいにしえ縄文より惹きつけてやまない。




























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2014・10・29 おばさんの歳時記 ハロウィン ジャック・オ・ランタン

2014-10-29 22:06:09 | 日記
今年もハロウィンが迫ってきた。
今年は息子が帰宅しない。不思議なもので気合が入らない。
あの子が帰宅時に明々と灯して、お!今年もだな!と楽しそうに家に入ってくるのが、楽しみだったんだなぁ。きっと私は。
黙々と作る。

さてさてロウソクだ。
隣のいなげやさんに買いに行く。
ええ?!無い?!
なんてこった。今年は取り扱ってないという。ロウソクといっても、防災用のロウソクだ。いなげやさんの名誉のために言っとくが、仏事用のはたくさんある。なんで防災用かと言えば、風に強い。秋からは我が家の場合は玄関側に風が吹く。ふつーのロウソクではひと風で火が消える。
とりあえず、伊東屋さんで買った飾りロウソク(?)で点灯。明々と灯る。
ん?そういえば今夜は風が無い・・・

ま。息子が帰宅しないとは限らないな。あいつは、今でも楽しみにしてるところがあるもんな(^。^)y-.。o○
息子が大きくなって、そろそろ止めようか。かぼちゃも高くなってきたしな・・・と思った年に、たまたま北チョーの拉致問題がクローズアップされた。ランタンに灯った火を見ながら、息子がつぶやいた。オレはさ・・・北チョーにさらわれたってこれ目印に絶対に戻ってくるぜ!
異国の祀りだが、産れた時から見てる灯は、彼にとっては大事な風物詩になっていたのかもしれない。
さらわれたわけではなくて自らすすんで会社に無理言って独身寮に入れていただいてるだけだが、ま、例年通りが、親心というやつかな(^。^)y-.。o○


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2014・10・28おばさんの道かながわの古道50選・滝山街道と矢倉沢往還との交差部付近・矢倉沢往還

2014-10-28 18:37:32 | かながわの古道50選
そろそろジャック・オ・ランタン作んなきゃ。今日は近場にしよう。

かながわの古道50選・滝山街道と矢倉沢往還との交差部付近の矢倉沢往還。

滝山街道は、小田原城の重要な支城であった鎌倉の玉縄城と八王子の滝山城とを連絡し、後北条氏が領国を支配する上で重要な道の一つとされました。江戸時代になると人の往来も盛んになり、街道が整えられました。中でも下鶴間の鶴林寺前を東西に走る街道は、矢倉沢往還と呼ばれ人馬継立場がありました。また、この道には旅籠や商家が並んでいたそうで、天保2年(1831)9月には、蘭学者で画家でもあった渡辺崋山がこの角屋で一泊し、その時の様子を『遊相日記』に書いています。滝山街道と矢倉沢往還との交差部の山王社に道標が残っています。
ふむふむ( ..)φ

この間は、滝山街道を歩いた。
今日は、矢倉沢往還。
滝山街道の時は東急・つきみ野駅から歩いたが、なんだかヘタれていて、バスにする。
小田急・鶴間駅東口下車。

え~とバス停は・・・お!あそこか。

ふたつ並んでるがどちらでもOKのようだ。

なぞの手形・・・

ま。すぐに来た方に乗る。

観音寺バス停下車。

これはオーバーなのではなくて、本当に道幅が狭い。バスとバス停に挟まれて降りた感じ。
お!あれが観音寺様。

工事中。

ってえええ!『金剛組』って、確か日本最古の会社だったよな。創業は飛鳥時代だったかな?初めて見た。わお♡
ここからスタート。

歩きだして気がついた。金剛組の養生シート拝んでなんのご利益あるんよ。なにやってんだ私。
ま。歩き出す。

車の途切れを狙ってあらためて撮る。
観音寺バス停。

バス停の後は、大山阿夫利神社様が分祀されてる。

ほう!新田軍の鎌倉進撃路。

道標。

すごいお屋敷が見えてきたな。

交差点の先のあれなんだろう?

そうか。高札場があったのか。ここが村の中心だったのね。

建物の方は、商家だった旧小倉家。今は大和市下鶴間ふるさと館となっている。

面白そうだったけど、残念ながら火曜日は休館日でした。

歩く。

うわ!またすごいお屋敷。

お不動様があるのか。

階段を登る。

横を見たら、鶴林寺様だ!

浄土宗のお寺はやはりイチョウ様が素晴らしい。

鶴林寺様の階段を降りる。

お向いもすごいお屋敷!

そうか。ほんとうにたいそうに栄えた街道だったんだな。

歩く。

おや!辻の神様。

渡辺崋山ゆかりのお宿らしい。

歩く。

またまたお屋敷!

その先の辻にも神様。

軒下に柿♡

すごいお屋敷ばかりである。

諏訪神社様に寄り道。

養蚕が盛んだったのかな?

諏訪神社様。

トイレを拝借する。

あれなんだろう?土俵のように見えるが・・・

ま。また元の道に戻る。
お!!!あそこは見おぼえがある。滝山街道との交差部だ。

日枝神社様。

石の神様。

あっちは滝山街道。

こっちが矢倉沢往還。

歩く。

柿は売り切れでした。

交差点を渡る。

蕎麦屋さんはふつー。

鶴間駅を通過。

ここからは、今の大山街道。ライラック通りの延長。

そろそろ終点かな。

西鶴寺様。

無論、街道は続く。

さてさて帰ろう。

といっても・・・
バスは謎の路線。

鶴間駅まで歩くしかないが、もう排ガスは嫌だな・・・
ん?なんか森の中行けそう。

泉の森。

宿場を抜ければこんな感じだったのかもしれないなぁ・・・
出口だ。

ここからは住宅地を歩く。

おお!!!なんだあれ♡素敵な集合住宅だ。

県のマークが見える。県営住宅なのか?!
県がねぇ・・・誰が設計したのだろうか?こういう意匠好きだな♡♡♡

ま。帰ろう。
















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2014・10・27 おばさんは悲しい・・・

2014-10-27 21:34:41 | 日記
赤瀬川原平さんが逝っちゃった。

悲しいなぁ悲しいなぁ悲しいなぁ・・・
くだらなくておもしろくてなんのやくにもたたなくて・・・
でも、氏の作品に触れると、それがなんであれ、気がつけば、清も濁も全部ひっくるめて、人という生き物が愛おしくなっていて、自分が可笑しかった。
そういえば、新聞小説が楽しみで毎日朝刊を開いたのも初めてのことだったな。新聞小説なんてタイトルすらわかってないのが当り前だったのが、始めから終りまで読んだのも初めてだった。
私の母と同じ年である。私が魅かれた頃には、たぶん程よく枯れていて程よく前衛だったのかもしれない。
が、その程よくとは、超人である。
ギトギトとしたアバンギャルドは一瞬のインパクトはあるが、疲れる。ご親切に突きつけていただかなくとも修羅の毎日だ。
その程よさが、よかったのかもしれない。
こんな風に様々な知性が逝ってしまう。
こんな不安な時代に、なにを羅針にやりすごしていけばいいのだろうか・・・
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2014・10・25 おばさんの道 かながわの古道50選・日陰道付近

2014-10-25 22:06:54 | かながわの古道50選
いいお天気だ。
一の沢・浄発願寺の御住職は、今日も木を削っておられるのかな?
昨日の続き。
伊勢原のかながわの古道50選・日陰道を歩いた。

神明橋を渡って、右に行けば日向薬師様だが、かながわの名木100選でたずねてる。左に散歩。

大山に登る方ならよくご存じだが、この道は大山に通じる。
一の沢・浄発願寺様というお寺様があった。

境内でせっせと丸太を削ってるお二人。

職人さんかと思ったら、御住職であった!
少しお話しただけで、たいそうに徳の高いお坊様とわかった。何者なんだろ?このお方???

おまけに、御住職と同じくらいに、このお堂なんだろう???
開け放たれてるから中が丸見え。仏像やらなんやらがなんだか凄い。罰当たりだが、俗な言い方をすれば価値が高い。
猫が入りますから戸を閉めてくださいと書かれた張り紙がある。・・・無施錠ということなんか???
思わず、中に入ってもよろしいですか?とおうかがいしていた。どーぞどーぞと快く許可をくださったばかりか、写真も全部OKとおっしゃる。おまけに、私の視線の先がわかっておられるようで、その柱の後にスイッチがあるから電気付けて観てくださいとまでおっしゃる。
そこまで言われてしまうと、逆に恐れ多くなってあんまし写せなくなってしまうが不思議。

それにしても、なんというアンバランスなお堂なんだろう?お堂の大きさや造りと中にある様々のバランスがチグハグ。

その暗い一角は?と見たら、え?護摩壇!

ふらりと立ち寄った上に、案内板をカメラ収めただけで満足していて読んでいなかったからトンチンカン。

天台宗のお寺様だったのか。でもな?そういえば○○宗☆☆山△△寺とかいう表示は無かった気がするしな???
御住職はとても気さくな方で、どんな質問をしても快く答えてくださるお方だとはわかったが、寺の宣伝になるようなことはたぶんおっしゃらない。
勝手に本堂から拝借してきたパンフ持って、辞す。
次に目指すは、『大友皇子の墓』。
ってな・・・壬申の乱で自害したとされるお方だよな。こんなところに墓なんかあるわけないよな。
パンフを読みながら歩く。

あそこだな。

それなりきにご供養されてる。
川を眺めながら少し休憩。

そうか。
浄発願寺様は、木食弾誓上人様が開いた天台宗弾誓派の総本山だったのか。
奥の院がある。行ってみよう。

お!石雲寺様。ここも古刹だ。

それにしても、寒い。いつの間にか気温がかなり落ちてる。

レストランがある。

その先か。

橋を渡る。

これは、すごい・・・

浄発願寺様は元々はこの奥の院にあったという。関東大震災でゆるんだところに三日三晩雨が降り続き、昭和13年に山津波で流されてしまったという。寺領であった田んぼに再建したのが、今現在の本堂。規模はだいぶ縮小したようだ。なるほどに、あのアンバランスがわかった。
登ってみたかったが、あんましにも寒いから引き返す。

降りてきたら、また暖かくなった。標高って恐ろしいな。

日向薬師様に向かう。
それにしても・・・頼朝ってどんな主君だったのかな?

自分はこの日のあたる暖かい道。家臣は日陰のあの道だもんな。わからん。
ま。

日向薬師様参道に入る。

苔が美しい。

そうだ。まだ改修中だった。

杉様お元気♡

プレートが変わった?

こちらもお元気♡

お守りを授与していただいた方と雑談したら、浄発願寺様のお話になった。
あそこは男の駆け込み寺だったんだよ!と教えていただいた。男の駆け込み寺???と驚いたが、どうやら軽犯罪を犯した人々の更生施設の役割もしていたようだ。
そうか。それで今でも無施錠なんだ。まるでレ・ミゼラブルのようだ。なんだか納得。
浄発願寺様にはまたお邪魔したいな。今度は奥の院を回ってみよう。
さてさて帰ろうか。




















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