今日のころころこころ

おばさんのつぶやき

2014・8・30 おばさんの道 かながわの古道50選・浦賀道の十三峠付近 按針なおじさまたち

2014-08-30 22:29:08 | かながわの古道50選
出勤前に、昨日のお土産(?)を読んでみた。

いやはいやはや・・・やっぱ凄いよな!
按針なおじさまたち( ^^)
かながわの古道50選・浦賀道十三峠付近を歩いていた。

三浦按針の墓に立ち寄った。裏側から・・・

正面はこちらから。

供養塔(墓ではないと調査で判明してる)の前に立ったら、草取りをしていたおじさまが話しかけてくる。按針だよ~!(^^)!というノリである。吉沢先生( ^^)

話しだしたら、もう止まらない!!!ひたすら熱くひたすら按針按針である。日本国で一番の按針を研究してると自負しておられる。かなり、面食らった。三浦按針の名前は聞いたことはあるが、なにをした人だったかは知らない。ぼんやりと、幕末に来日したお雇い外人さんだったかな?船造ったんだっけ?という程度である。浦賀道の途中にあったから寄ったに過ぎない。
それが、熱い熱いマシンガントークである。タジタジとしながらお話をうかがう。
地元有志で『按針のまち逸見を愛する会』を結成して活動しておられるとのことであった。
三浦按針についても愛する会についてもすぐに検索できるから省く。
が、とにもかくにも、熱い!NHKの大河ドラマと目標は高い!熱い!
青い目をした武士。徳川家康に見込まれて250石を与えられ逸見の領主として仕えた旗本。元々はイングランドの貧しい出自の大航海時代の一発狙いの船乗り。確かに、波乱万丈の人生ではあるが・・・
浦賀道に戻る。按針塚に裏から登らずに、素直に右。

これは後でおじさまたちから教えていただいたが、そこから大楠山を越えて木古庭に出るという。そういえばこの間バス停で、田浦から歩いてきたという女性グループ会ったな。そうか。ここから入ったんだ。

按針塚をくるりとまわる。

トイレはラストだよ( ^^) と言われていたから、寄る。

きれいだった。トイレがきれいだと、本当に気持ちが良い。いつだったかなんて、トイレが汚過ぎて印象がトイレばかりだったもんな。これも皆様が頑張っておられる賜物だな。ありがとうございました!

歩く。

本町山中有料道路が見えてきた。

ん?案内板。

そっち行くのね。

とおおお!西逸見吉倉隧道じゃないの(T_T)

ここを通り抜けてこなければならないはずなのに、前に出ちまった。あそこの分岐は真っすぐだったな。たぶん。

ま。いっか。

お!京急のガードが見えてきた。

その先の鹿島神社様は、按針の屋敷があったと伝えられてる。

その先の浄土寺様は、按針の菩提寺。愛する会の事務局がある。

その先が終点。

吉沢先生の本を買うべく、(有)按針さんに向かう。

LPガス販売店さんである。

会長は按針の旅に出てますという。

幾星霜を経てなおかつ熟年おじさまたちをここまで傾かせるなんて、ウィリアム・アダムズとは、いったいどんなお人だったんだろうか?
・・・そうか。そりゃそうだ。かの徳川家康が惚れ込んだほどの男前だもん!(^^)!
熱い熱い男たち頑張れ!!!
帰ろう。

そうだ。永島家の赤門に寄っていこう。
県立大学下車。

駅前の道を登る。

くぐれば、お!

道は続く。

ちなみに。
浦賀道は2本あったそうな。
東ルートがうらがみち。
西ルートがうらがどう。
私は、東ルートだったようだ。









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2014・8・29 おばさんの道 かながわの古道50選・浦賀道の十三峠付近 その1

2014-08-29 19:50:38 | かながわの古道50選
ようやく涼しくなった。行こう!

かながわの古道50選・浦賀道の十三峠付近。

浦賀道は保土ヶ谷宿で東海道から分かれ、六浦を通り浦賀に至りました。享保6年(1721)奉行所が浦賀に移されてから江戸との往来が盛んになりました。谷戸を抜ける十三峠は山の中を通り、浦賀道の難所であったといわれてます。峠近くには、国指定史跡の三浦安針墓があります。三浦安針は本名ウィリアム・アダムスという英国人で、九州に漂着した後、徳川家康の信任を得て外交顧問になり、三浦郡逸見村に250石を与えられ三浦安針と呼ばれました。この墓は安針と妻女を弔うもので遺言によりこの地に建てられたと伝えられています。
ふむふむ( ..)φ

JR横須賀線・田浦駅下車。

御存じの方も多いと思うが、この駅は一部分トンネルにホームがある。そこはドアが開きません。
駅員さんはどっちからでもいいと言いながら、やっぱあっち!ということで、田浦梅林方面に出る。

つきあたりの国道16号線を右に曲がる。

・・・確かに近い感じだが、トンネル歩くのあんまし好きくない(T_T)反対に出ればよかった。

ま。歩く。

お!あれが静円寺様だな。

ユニーク( ^^)

静円寺様から少し駅に引き返したところがスタート地点。

歩き出す。庚申塔だ。

田浦小学校の前を過ぎる。

その先を、左。

食堂があった。田浦梅林の季節には結構な人通りがあるのかな?

お!長養寺様。

長養寺様の横を左。

坂道になる。

山が深いな。

階段を登りきる。

歩く。

ん?

さらに歩く。

なにがあったのだろう?

おや?記念碑だ。

ここが十三峠ということなのかな?

今は、住宅が建ち並ぶが、開拓記念碑があるということは、浦賀道のここは相当な難所だったんだな。

ん?駐車場。

ここから塚山公園に入るのか。

鹿島台。桜の名所のようだ。

それにしても・・・この鳥居(T_T)哀しい。

その先は、富士見台とある。お天気が良ければ見えるのかな?

その先が、三浦安針の墓。

とおお!!!出会ったユニークな方たち。安針なおじさまたち!(^^)!

続きは、明日のこころにしますのです!(^^)!













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2014・8・28 おばさんのこころ なんとなくがっかり・・・

2014-08-28 22:35:18 | 日記
空手の稽古。週1で新横まで通う。
空手の道を極めるんであるが、ま、駅ビルに立ち寄るのも楽しみ。
だったんだが・・・
5・6Fが4月から改装に入って、今度はどーなるんかと思っていたら・・・がっかり(T_T)

半年もかけて改装して、なんだよ。かのファストかよ。
自宅最寄り駅ビルにもあるし、新横だってぺぺにある。
確かに私も一時は仕事用の下着に買っていた。が、その厚さというか薄さというか、その割には暖かいという程度であって、安く見えるが、×2にしないとだめだから、結局はAとかGとかWに戻っていた。アウターは元々野暮ったくて手にとったこともない。
今までの駅ビル5・6Fは、様々な店が入っていて、結構楽しんでいたんだけどな。
楽しくて綺麗だけど儲からない。仕方ないと言えば仕方ないが、やっぱ、がっかりだ。
こんな風に、どんどんなっていっちまうのかな。
そういえば、最近若い子たちの服やら化粧やら見て、いいなと思ったことないよな。以前は、ああいいな!カッコいいな!おばさんも少しだけ乗ってみようかとも思えたが。今は、ババアが小学生のようなかっこして(はたちでも小学生からみたらババア)キモイとしか見えない。
街はファストかためのステレオタイプ。スマホの画面は魔法の鏡でお后様が一番美しいとしか言ってくれない。
おばさんは、ますますに生き難くなりそうだなぁ(T_T)




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2014・8・23おばさんの道 かながわの古道50選・東海道の板橋旧道付近 板橋のお地蔵さん~

2014-08-23 22:02:44 | かながわの古道50選
お天気不安定だったな。板橋のお地蔵さんの縁日はどうだったのだろう。
昨日の続き。
かながわの古道50選・東海道の板橋旧道付近。

板橋のお地蔵さんを出て、また歩き出す。

ん?松永記念館ってなんだろう?郷土文化館分館のようだが。

寄ってみようか。

・・・猿、指名手配。

路地の奥にお寺様。

曹洞宗小田原三山の香林寺様か・・・お!情けないが、ここでようやく総世寺の檀家総代さんの言っていたことが理解できた。かながわ名木100選をめぐっているうちに、総世寺様・海蔵寺様(早川のビランジュ様の帰路。子分がいた)は、たずねていた。これで、三山制覇???
落ち着いた古刹だ。

松永記念館。

ところで。松永さんって誰?
松永安左ヱ門・・・電力王とか言われた近代日本国黎明期の大物財界人らしい。
よくわからないが、お金持ちであったんであろう。こういうの一番興味ないんだよなぁと思ったが、まんま引き返すもこころが狭い。なんとなく歩く。
老欅荘ってなんだ?

本当に、欅の大木様がある。

ん・・・

入口で案内を請う。感じの良い上品な女性が案内してくださった。ありがとうございました!
案内されてめぐる。

明日は、裏千家の撮影があるという。
・・・なんか違うな・・・なんだろう?
たいそうな茶人であったことは間違いないが、このお方、表も裏も小路も無いんじゃないか?強いて言えば、松永流とでもいうのかな?いや。それは安っぽ過ぎる。違う。なんというのだろうか?松永宇宙とでもいうのだろうか?このお方、たぶんそういう既存の流派はお好みではない・・・
当初の乗る気の無さはどこかにいっていた。出る頃にはすっかり興味深々となっていた。なにものだったのだろうか。凄いお人だっただけは、間違いない。そして私は、なにものであれこのお方、好きだ。

帰宅してからの宿題にして、松永記念館を出る。再び東海道。

おお!素敵!

なにやらイベントしてる。

たまたま居合わせた小田原市の生涯学習課の職員さんにお伺いしました。
板橋まちなみファクトリー!(^^)!
この建物は、醤油製造業を営んでいた内野家の店舗兼醸造所兼住宅で、今は、小田原市がバックアップして、観光スポット兼文化拠点になってる。観光スポットの方は、8月は暑くて(たぶんエアコン無いから)公開していないけど、他の月は150円で見学できる。

文化拠点の方は、イベントがあればいつでも公開。

今回は、『小田原のみぢかな昆虫』。
入ってみたら、出迎えてくれたのは、なんと!豆学芸員!(^^)!

中学一年生だという。
昆虫全般に詳しい上に、スズメバチの標本は、なんと!自分で捕ってきたという!!!

いやはやいやはや・・・おばさんは感激のあまりに涙出そうですらあった。宝物に出会えた!この宝物を大事に育てる小田原市に座布団10枚!!!そうだよ。絶望ばかりなわけないだろ。若者は、いつだって希望だ。
歩き出す。
面影を残しつつ、今も生きる道。

そろそろ終点。

一号線に合流。

ちなみに、トイレあります。

お!居神神社様。

古墳のテイストするが・・・またにしよう。

まんまういろうさんへ歩こうと思っていたが、お寺様の木陰で休んでいたら、バスが来た。

乗っちゃった。バス停ふたつ。

お城の蓮が風に揺れる。

日本最古の上水道・・・松永翁・・・豆学芸員君たち・・・
明日を信じられる気がして、なんだか、嬉しかった東海道でした。





















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2014・8・22おばさんの道 かながわの古道50選・東海道の板橋旧道付近 小田原用水取入口~お地蔵

2014-08-22 19:36:48 | かながわの古道50選
全く雨降らない。熱中症予報95%で危ないが、透頂香終っちまった。行くか小田原。。。
ついでにもちろん!行く!

かながわの古道50選・東海道の板橋旧道付近。

付近には寺院が多く近世の宿場の面影を残しています。山形有朋公の別荘『古希庵』もあります。『板橋のお地蔵さん』は、毎年1月と8月の23日が縁日で、門前の旧東海道は参詣の人々であふれます。新編相模国風土記稿によると縁日には堂の前に市が立ったそうです。なお、『板橋のお地蔵さん』には『一木三体地蔵』の伝説が伝わっています。昔、富士山麓の神体杉から三体の地蔵尊が刻まれ、その内の一体だというものです。もう一体は足柄峠の地蔵堂のものだそうです。
ふむふむ( ..)φ

小田急で小田原駅下車。
出た瞬間に暑さでクラクラしそう。

まずは腹ごしらえ。今週は酷暑で仕事と稽古以外は引籠りだったから小遣いがちょびっと余裕♡駅ビルの富士屋ホテルさん直営FUSION DINING Fさん♡♡

夏カレー文句なしに、美味い!

満ち足りて作戦タイム。
今回は、西から東に向かう。スタート地点で気になるが『小田原用水取入口』。なんだろう?スマホで即席検索。
ほお!戦国時代に小田原北条氏が施設した日本最古の上水道!すごいじゃないの!詳しくはいろんな記事があるから省くが、要は、早川の流れの向きの変換地点を巧みに利用して水を引いた。たいしたものだな。いつも思うが、当時の武将って、今に生きていたらスーパーゼネコンが生業だったんじゃないだろうか。
駅バスターミナル3番4番のどちらでもOK。来たバスに乗ればいい。

たまたまタイミング良かったのは、箱根登山鉄道バス。

上板橋バス停下車。

信号機の先に入口。

眺めがいいな。

降りてみよう。風が心地よい。

すごい水量だ。清冽な水が満々と流れる。

そして、小田原城下に分岐する。

もうここで満足♡
ま。1号線に引き返す。上板橋の信号機。ここがスタート。

お!板橋のお地蔵さん。

明日の縁日の準備でのんびりと慌ただしい。

明日は、本当に人があふれるらしい。お燈明をあげることで、あまねく供養になるという。どんな事情なのだろうか?明日はどうしても都合がつかなくて今日来ました。初めてなんですけどなんとかなりませんか?とおっしゃっていた老夫婦がおられた。

また歩き出す。

と・・・
続きは、明日だ・・・










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