波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

 オショロコマのように生きた男  第78回

2012-03-05 13:05:54 | Weblog
赤城の駅を降りるとニコニコと野間が迎えに来ていた。村田は変わらぬ友情を感じながら車に乗って新工場へ向かった。駅からそんなに遠くないところで新工場へついた。とは言ってもそれは一見大きな倉庫である。だだ広い倉庫を区分けして使っている。中央に成型機が何台か置かれ、手前の隅には間仕切りをした品質管理室があり、奥の隅には原料、そして手前には製品のケースが並んでいる。入り口の右にはただ区切っただけの事務室が出来ていて机が幾つか並んでいた。
そんなに広くない工場を一通り案内すると事務所へ戻り、二人は椅子に座った。事務を任せている女性がお茶を入れてくる。
何気なくその女性を見るとしっかりした感じの中年の人であった。どうやら事務所はその女性に任せているらしく、営業の加藤も留守だった。何しろ野間もいつもいるわけでもないので地元の雑用も含めて電話の応対も含めているらしい。
「今日は夕方から温泉のほうへ移動して一泊を予定しているからゆっくりしてくれよ」野間のその言葉には自信と余裕が感じられ村田はうらやましい思いを感じていた。暫く話していると何時の間にか加藤が帰ってきた。
「千葉と違ってこの周辺には精密企業の会社が結構固まってあります。何処もモーター製品を作っているので、マグネットは必需品です。まだ取引が始まっていないところが多いですが、これから狙い撃ちで納入をしたいと思っています。その意味で此処に工場が出来たことは看板方式が取れるので有利です」と元気も良く、自信ありげである。それを聞きながら自分が推薦した加藤がこんな形で活躍しているかと思い、何となく誇らしげであり、野間にもいくらか貢献することが出来たかとほっとした思いであった。野間は工場の後のことを打ち合わせをすると、早めに会社を出て温泉へと向かった。
途中有名な馬肉屋さんへ立ち寄ると、今晩の特別メニューだと持込をすることにした。
思いがけない温泉療養に招かれ、国定忠治にちなんだ観光名所を訪ねながら旅館へ着くと久しぶりに温泉を楽しむことが出来た。野間はすっかりご機嫌で夕食の膳に持ち込んだ馬肉を美味しそうに食べている。山海の珍味を楽しみ話は尽きなかった。
翌朝、駅まで送ってもらい別れたが、村田はこの工場がこれからどのように発展するのか、そして野間や加藤がどのように
会社を伸ばしていくのかをおもい、うらやましく思っていた。会社が伸びるときはこんなものかと今更ながら自営の自由さを感じていた。

オショロコマのように生きた男  第77回

2012-03-02 09:41:32 | Weblog
詳しい様子は聞くことが出来なかったが、どうやら新しい動きがあるらしい。直接的には影響があるわけではないので気にかけないでいたが、その様子が全く別なところから入ってきた。
千葉の工場が動き出して順調に仕事が出来るようになると野間は更なる事業拡張を目指した。そのために営業専門の人間が必要である。自分が全てをこなすのはやはり物理的に無理だった。工場を留守にするとまだ素人集団のために品質管理がおろそかになり、二度手間になることが多く時間がかかった。そんな事もあって外交の出来る人間で、出来れば業界に明るい人間が欲しかった。即戦力になる人間である。業界に明るい村田に頼んでみる。村田はその頃、あるメーカーの若者から相談を受けていた。
今の会社が海外進出をするために社内の合理化を図り、何人かの人間がその計画から外れていたのだ。
村田は話を聞くと取引先を当たりながら二人の就職を斡旋していたのだ。一人が技術系だったが、一人は渉外に向いていた。
早速そのはなしをすると「会ってみたい」とあって、照会ができた。その加藤が挨拶に来た。「お陰さまで野間さんの会社で仕事が出来るようになりました。開発を担当して市場調査を兼ねながら動きます。特に群馬地方には精密企業が多く、仕事も取れそうなのであの周辺を中心に回ります。出来ればあの辺にもう一つ工場を作って、お客さんに即納できるようにしたいと言うことで適当な工場になるようなところを野間さんが探しているんですよ。」と話してくれたからだ。
野間のことだからそうなると千葉のことなどすっかり忘れて飛び回っていることだろう。これで当分ゆっくり話をすることは出来なくなるだろうと村田は諦めていた。
やがて秋の涼しい風を感じるようになった頃、野間からいつものように突然電話があった。良く忘れないでいたなあと半ばあきれながら、半ば感心して電話を取る。「村田さんご無沙汰しています。今度群馬工場を作ったんですよ。中々良いところですよ。ご招待するので一度遊びに来てください。一泊泊まりでね。」いつものように単刀直入に一気に用件だけを話す。
そこには嫌も応もないものを感じさせる。「ありがとう。都合をつけて連絡するので、そのときはよろしく」そこへわざわざ行く目的もなかったが、いつもの好奇心と情報を聞いておきたいと言う思いだったし、たまには仕事抜きでも悪くないと気楽に思ってもいた。浅草から日光鬼怒川へゆく特急はデラックスで快適だ。車窓から見える景色も始めて見るもので新鮮だった。