波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

白百合を愛した男    第68回

2011-02-14 11:22:45 | Weblog
烏森から新橋駅まで戻り、反対側へ出ると、其処はもう銀座である。少しアルコールの入ったほてった身体で涼しい風に当りながら歩くのはとても気持ちよく、これから向かう
未知の世界への期待も膨らみ、すっかり仕事のことも、家族のことも忘れていた。
コリドー通りと呼ばれる所からもう一つ隔てた広い通りに出ると、日動画廊や日航ホテルのある銀座通りである。ここまで来ると景色が一変する。道の両側に立ち並ぶビルには
ネオンの看板がびっしりと並び其処には店の名前が上から下まで書かれている。
先輩はその一つのビルの地下へ下りはじめた。せまく、暗い階段を下りていくとその先に「真弓」と書かれた店があり、その扉を開けた。狭い店はやや薄暗くテーブルが並び、その奥にカウンターがあった。ここでも「いらっしやい」と言う声に迎えられたが、出てきたのはロングドレスのママだった。案内されたボックスシートに腰を下ろすと、その隣りに若いホステスが来てすわり、お絞りを出してくる。「やあ、しばらくだね。元気だった」と声をかけると「暫くじゃあないの。最近お見えにならないから、別のお店に移ったのかと心配していたわ」と応じる。キープされているウイスキーが出され、好みに応じて
飲み物ができる。興奮と緊張で何も見えていなかったが、一口飲んだ水割りとつめたい水で少し落ち着いてくる。辺りを見回すと、狭い店に似たようなボックスシートがいくつかあり、それぞれにお客とホステスが坐り、お酒を飲んでいる。何を話しているのか、顔も声もあまり聞こえない。むしろこの場での雰囲気で自然とそんな感じになっているのか。
そのうち、ママが他の客のところへ廻っていなくなる。それからは其処へ坐ったホステスとの自由な時間となる。と言っても初めてのことであるし、何を話したらよいのか、どうすればよいのか検討もつかない。先輩は其処に自分がいることなど忘れたかのように、隣りの女性と話し始めていた。時々おいしそうにウイスキーを飲み、低い声での笑い声も聞こえてくる。つまりここでは若い女性が話を聞いてくれて美味しい酒が飲めるということが分った。確かにお酒は一人で飲むのは、何かわびしいが、こうして女性と話しながら飲むと何時の間にか現実を忘れ、美味しく飲めることになるのかもしれない。
酒の飲めない彼にはその楽しさは味わえないが、妻より他に知らなかった若い女性と楽しく話が出来る時間は初めてであり、すっかり有頂天になっていた。何を話したかなどは
とんでしまい、夢中な時間だったのである。

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