波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

     白百合を愛した男   第66回

2011-02-07 09:35:48 | Weblog
新橋駅を降りるとSLの機関車の置いてある広場を通り、道を横切って行くと、烏森神社がある。それほど大きくなくて気が付かない人もいるが、その昔は戦勝祈願の神社として
参詣が絶えなかったと聞いている。其処への狭い道筋の両側に小さい飲み屋が並んでいる。そしてその一番奥のちょうど神社の裏側のところに「満」はあった。先輩に指示されて待ち合わせの場所として教えられて始めて入った小料理屋である。暖簾を分けてはいると狭いカウンターが目の前にあり、その奥が小上がりの四畳半ほどの座敷になっている。先輩は既に来ていたようで「よう。すぐここが分ったか」と笑いながら聞く。
その横には少し年輩のママが立っている。「いらっしゃい。よろしくね」と笑いかける。
よく見ると、丸顔の大きな目に小さな口がとてもチャーミングで印象的だ。しかし、不思議に水商売の女性には見えない。むしろどこかの家庭の主婦、そう、彼にとっては姉さんの雰囲気があり、固い感じすらした。カウンターの向こうには小島さんじに良く似た板前さんが包丁を握っていた。五、六人も坐れば一杯になりそうなカウンターへ腰掛けて
先輩の話を聞く。「みんな仕事の疲れを何とか癒したいと思っている。一日の嫌なことや出来事を気の置けない人と自由に話したい思いがある。また、家に帰っても話せないことやもちろん上司の悪口もあるだろう。そんないろんな思いのはけ口としてこういうところがあるんだ。もちろん、お酒もあるし、簡単な料理もある。仕事が終われば、とりあえずこういう場所で疲れを癒すのがパターンなんだよ」東京の営業を始めて十年ほど過ぎていたが、何も知らないでいた。どちらかと言うと厳格な家で育ち、家と学校との世界しか知らないで過ごし、会社に入っても酒の世界とは無縁で来たものにとっては、こんな時間の過ごし方など全く無縁であった。見るもの、聞くことすべてが初めてであり、新鮮であった。知らない世界をのぞいたような好奇心が、自分でも気が付かないうちに自然に出てきて、ほかの事を忘れさせていた。彼にとっては、それはすべて仕事の延長であった。酒が飲めないから、酒での楽しみ方は出来ない。その中での過ごしかたはこの時間をどのように有効に仕事にい生かして使うか、と言うことであった。先輩はママと何気ない話のやり取りをしながら楽しそうに酒を楽しんでいる。時間が過ぎるほどにお客もぽつぽつと入り、店の中が賑やかになる。中には女性連れの人もいた。

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