波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

「自然体になる。」

2019-04-15 10:39:21 | Weblog
人は生まれながらにそれぞれ性格をもって生まれついている。そしてその性格は良くも悪くもその人の人生を左右する要素となるようだ。親であれ子供であれ一人として同じであるようで異なるものである。それはその人に備えられた賜物であり、宝でもあろう。ただしそれを人生にどのように生かすかはそれぞれの生かし方で変わることも仕方がないところだ。それは親のDNAに影響することは間違いないが、それが絶対ではないし、それが人間として善悪の判断にはならないだろう。そんな中で共通して言えることは「緊張感」があると思う。それはその置かれた環境、立場などにもよるがそれぞれに緊張感を持つようだ。それは良くも悪くもその人に影響を与え悪い場合は肉体的に身体影響が出るということである。
「ストレス」」はまさにその典型であり、悪い現象だが、そうでなくても緊張感は頭にも体にも影響をもたらす大きな要因になると思わなくてはならないだろう。それはどんなに親しい人間関係の中にあっても気を許した間であってもあるもののようだ。まして一人になった時にはあれこれと思い悩むこともあり、一人で解決できない状態におかれることはしばしばである。それが二次的には人間の言動に大きく影響して行動へとつながることになる。自分ではどうすることもできないじょうたいになって医学的な援助を得るために最近では」「セラピスト」の働きが社会的にも大きく取り上げられるようになった。しかしこれが絶対ではないようだ。あくまでも補助的なものでセラピストの指導で治ることはないだろうと思われる。
そんな時代の中で私は日常生活の中で何ができるか、考えてみた。ごく自然に考えれば「自らを自然体の状態に常における状態にすること」だとおもう。自分の周囲に何事が起きようと自らに何かが生じようともできるだけ心を騒がせず自然体の状態で心を平安に保てる状態にすることができれば理想であるが、至難のことである。人は何かに何かに感じ、何かに心が動き何かに不安を覚えつつ生きるものだからだ。
従って生きる限り永遠のテーマかもしれないが、この問題をなおざりにしては「平安」もまたあり得ないことを知っておく必要があると思う。