波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

 コンドルは飛んだ  第38回

2013-02-08 10:46:22 | Weblog
辰夫は東京営業所に廻り、所長と二人きりの時間をすごした。話を聞きながらその内容を吟味しながら自分なりの判断をしていた。それは彼の言葉をそのまま鵜呑みするのではなく、時に納得し、時に疑問視し、時に否定することもあった。長い時間だった。
いつ終わるともなく話は続いたが、外はいつの間にか暗くなっていた。
「そろそろ終わろうか。」と言う辰夫の言葉に所長の大村もほっとしたようだった。
「そうすると、結論は月間販売量として2千トンは見込めると言うことだな。」と
念を押す。「先のことは分かりませんが、それ位は見込めると言うことです。」
辰夫もこの時話を聞きながら、どこまでこの大村を信頼するかと言うことを考えていた。営業と言う立場にある者として、どうしても実績よりも大きな数字を考えがちなことは分かるが、基本的にはこの男をどこまで信用し、どこまでついていくかにかかっているような気がしていた。
それは海外進出をする先行投資の金額の責任を最終的に負わなければならない自分の
立場とそのとり方でもあった。資金は常務に任せておけば、いざという時に力になってくれることは分かった。しかし、販売量と生産量については担当者がいるとしても最終的には自分である。この決断は難しかった。
当人にも分かっていないことでもある。だからこの人間をどこまで信用してついていくかにかかっている。
帰宅して久子の手料理を食べながら声をかける。「いよいよ海外へ出ることが決まりそうなんだ。」「あら、だってあなた自分でもやりたかったんじゃないの。良かったじゃない。」「そうなんだけど、今の小さな会社で金を本社から引き出して出ることは
駄目だったときにはその責任も大きいからな。」
「その時はその時でしょ。」「まあね」辰夫の性格を知る久子はそんな辰夫の様子を
喜んでいるようであった。
会社の業容報告や雑用を片付けると辰夫は岡山へ帰った。出社すると、すぐ専務が
部屋へ入ってきた。「社長、ちょっといいですか。」と言いながら一通の封書を机の上においた。「辞表です。一応私からも撤回するよう言いましたが、とにかく社長に渡してくれと言うもんですから」
「分かった。後で部長を呼んでくれ、三人で話をしよう。」
やっぱりきたか、予期しないわけではなかったが、できれば穏便に進めたいと思っていたのだが、出たものはしょうがない。一度慰留をして様子を見よう。どうせ言い出したら後には引けないだろうがと思いながら、いつもの仕事に取り掛かっていた。