波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

 コンドルは飛んだ  第11回

2012-08-10 10:23:59 | Weblog
注意を受けてそれで済んだのかと普段どおり仕事をしていたある日、上司の部長から突然呼び出しを受けた。「岡本君、突然だが、今月末でこの部署の仕事から転勤を命じる」ということであった。何らかのお咎めはあっても仕方がないと覚悟はしていたが、自分で良かれと思ったことをしたことだから、あまり後悔はなかった。何れは何処かへ行かされるだろうと思っていたし、遅かれ早かれの事と割り切っていた。「分かりました。ご迷惑かけました」と挨拶をすると「実は関係会社の方で、君を依頼されているところがあるので、そちらへ行って欲しい」と言われた。
聞くと、今の会社の大株主でもあるD鉱業というやはり大手の上場会社である。一言で言えば「山やさん」とも言われる会社で世界に多くの鉱山を持ち、古い歴史のある会社であった。
その日、帰宅して久子に早速報告する。「今度、会社を替わることに成ったよ。」「ああ、そう」と軽く頷く。辰夫は思わず
「心配しないのかい」と言うと、「だって、会社が変わるだけでしょ」とこともなげに言う。「それはそうだけど、どうしてとか、今度はどんな会社なのかとかあるだろう」というと、「だって、私が行くわけじゃないしお仕事が出来ればいいんじゃない。ノアちゃんのミルクが買えればいいわよね」と笑っている。辰夫はやっと顔を見るとニコニコ笑うようになったノアの顔を見て少しほっとしていた。久子の物に動じない強さは知ってはいたが、こうして現実の問題にぶつかっても、平気でいる姿に、これで自分も安心して仕事に専念できると、改めて自覚することが出来たのだ。
新しい会社の部署は、やはり「総務」であった。今度は人事専門である。D社は子会社が20社以上あり、親会社がその全権を管理している体制である。勿論各会社の社長を始め役員は親会社の総務の仕事の範疇に入るし、下は労働組合の管理も入る。
全国から、様々な情報が入り、それを整理しながら上の指示を仰ぎ、それを伝達し潤滑に運営がなされる状態にするのだ。
その問題によっては現地に赴くこともあり、辰夫の仕事もその行動範囲も以前よりは広く大きくなり忙しくなった。
出張も多くなり、家を空けることも増えていた。
「久子、今度は秋田へ一週間ばかり缶詰になりそうだ。支度を頼むよ」「いいわよ。でもあなたの好みもあるでしょ。自分でおやりなったほうが間違いないわよ」「そうだな。」そんな日常会話が自然であり、何の不満もなかった。