波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

コンドルは飛んだ  第2回

2012-06-08 12:48:42 | Weblog
父の勤め先は銀行だった。大手の銀行の上野支店である。仕事の影響からか父は家でもあまり口を利くことはない。子供たちは
小さいときはひざに抱かれたり、高く上のほうへ上げてもらったりそんな甘えもあったが、ついぞそんな事をしてもらったことはなく、甘えたい気持ちもあったが何時の間にか消えていた。そして二人とも厳格な父の姿を遠くから見るようになっていた。
辰夫は兄の一夫とも歳が離れていたせいもあって一緒に遊ぶという習慣も出来なかった。
そして何時の間にか一人で強く生きることを覚えるようになり、時間が出来ると図書館へ行くか、学校の図書を借りてきては無差別に本を読む習慣がついていた。
そんな辰夫を母はいつも静かに見守っていた。母もそんなに口を利いてくれるわけではなかったが、気配りはしていたようで
辰夫の様子がおかしいと「辰夫、今日は学校でいやなことでも有ったんじゃないの。もし何かあったらお母さんには話すんだよ。」と声をかけていた。辰夫はそんな母親がとてもやさしく見え、嬉しかったのである。
長男である一夫に対する父の態度は辰夫に対するものとは明らかに違っていた。中学への進学のときになると一流の家庭教師がつき、東京でも有数な学校を目指して勉強が行われた。結果的には目的の学校へ行けなかったがお金のかかる私立の一流校へ入学させていた。父としては世間体もあり、見得もあったのだろう。
そんな兄への思い入れを見ていた辰夫は自分もと思わないわけではなかったが、自分に対してはそんな気を使うことはなく辰夫が何をしていても好きにさせてたままで煩く言われるようなことはなかった。そんな父の姿が辰夫には淋しかったが、何もいえなかった。そんな父であったが、普段の休みには母と一緒に出掛けることもあった。主には近くの上野公園へ散歩が多かったが、機嫌が良いと、動物園へも行くことが出来た。ベンチで両親が休んでいる間好きな動物をぐるぐる回りながら楽しむのは、いつもの家での閉塞感から開放されてとても楽しいものであった。兄はそんな時いつでもついてくることはなく、留守番をしていた。
やがて辰夫も中学を目指すときが来た。兄と同じように少しでも良い学校へという意地もあったが、一人の力では限界もあり、公立の学校へ行くことになった。