波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

 オショロコマのように生きた男  第96回

2012-05-07 14:12:24 | Weblog
娘の真美は久子に隠れて毎日病院へ通っていた。真美の娘も学校から帰ると一緒に行くことも多かった。普段は気難しい宏も
二人が来るとこの時ばかりはとても心が和むようでとても嬉しそうに迎える。そして時間を忘れるかのようにいつまでも傍を離れないでいた。特別に話があるわけではない。ただまだ身体が不自由な宏を庇いながら病院内を歩いたり、お天気の良いときだと病院の庭へ出て散歩をするだけである。家族には言葉は多く要らない。まして物でもない。そこに流れている共通の心が通じ合って
平安をもたらしているのだろう。
家で作った食べ物を不自由な手で少しづつおいしそうに食べている姿を見ながら二人は嬉しそうであった。これから先のことを考えているわけではない。今を、現在をどのように楽しく過ごすことが出来るか。それだけである。
そんな毎日を過ごしていた宏に一通の手紙が届いた。順子からだった。誰からどのようにして調べ、分かったのだろうか。それとも宏が何とかして連絡を取ったのかも知れない。手紙は宏の慰めになり、力になり元気になることが出来た。
今はどうすることも出来ない悲しさや寂しさはあるが、お互いに元気で頑張りましょうと書かれた励ましと慰めの手紙を読みながら、宏は励まされ、嬉しく元気が出るのだった。
また、そこには順子もまた新しい仕事がみつかり、細々ながら生活も出来ているので安心してくれとも書いてあった。
宏は倒れる前に順子にお礼として渡しておいた金が役に立っているようであった。
やがて週末自宅帰宅の許可が下りるようになった。リハビリも順調に進み杖を突きながら少しづつ自分のことができるようになっていた。言葉も充分ではないが、片言づつはなせるようになり、回復していた。
久しぶりの家の感触はやはり病院と違った安らぎがあった。宏はそれを身体全体で受け止め感じることが出来た。
病院では味わえない暖かさと柔らかさがあり、身体が和んだ。嬉しかった。健康であることの大切さと喜びがそこにはあった。
食事は何を食べても美味しく、身につくようであり、家族の笑顔と笑いが何よりであった。しかし週末の二日間と言うのはあまりにも短く、あっけなかった。久しぶりに見た工場や事務所も本当に元気付けられたし、会社の人との出会いも本当に久しぶりで
懐かしく嬉しいものであったのだが、