波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

白百合を愛した男   第93回

2011-05-13 10:04:14 | Weblog
山陽線の在来駅の前にひっそりと建っている駅前旅館、良く見ないと分らないほどの小さな旅館である。平成60年ごろ会社が隆盛を極めていたころ、毎月のように本社で会議が行われていた。前日の夜に宿泊し翌朝朝早くからの会議は活発を極め、各工場からの幹部の出席もあり、賑やかであった。営業報告から始まり、ユーザーからの詳細な要請事項や希望事項が説明される。それを受けて製造部、技術部から自らの立場、状況から、その対応についての報告がなされる。それは必ずしも営業からの要求も満たすものではなく、逆に出来ないことの言い訳が多かった。当然ながら双方の言い分がぶつかり、喧々諤々の議論となる。営業はユーザーの希望に沿いたいと願うが、製造を含む本社の言い分も譲らず
結果としては営業が妥協せざるを得ない形になることが多かった。この傾向は何処も同じかもしれないが、自己防衛の意識が無意識に働くのかもしれなかった。昼食をはさんで午後も次なるステップへと会議は続く。そして何とか計画が約束される。
終わると、社長を始め主だった幹部は駅前旅館に集合する。定例のマージャンがここで行われる。既にテーブルには夕食が整えられ、ビールが冷たく冷やされている。「お疲れ様」の掛け声でビールを飲み干すと、その日のお菜をつつく。夏の時期であると、近くの吉井川で取れる「鮎料理」が食べられる。新鮮でその日釣り上げた鮎を、刺身から始まって茶碗蒸しから定番の塩焼き、そして鮎をご飯に入れた、鯛めしならぬ鮎飯と鮎尽くしが
食べられるのが、ここの一番の贅沢だった。食事が終わると完全な無礼講となり、上下の隔てなく、和気あいあいとしたマージャン仲間となる。めいめいに坐ると、おいしそうにタバコをふかし、勝手気ままに口三味線をはさみながらゲームを楽しむ。娯楽と言えば何もない田舎で(何軒かのスナックがあるが、歌を歌い、酒を飲むだけ)は充分なストレス発散と言うわけには行かない。従業員の何割かは少し離れたパチンコ屋へ仕事が終わると飛んでいく人もいるが、娯楽の少ない土地での遊びは限られていた。
部屋は何時の間にかタバコの煙で充満するが、夢中になっている人にはきにならないと見え、消えるとつけ、消えるとつけて灰皿は何時の間にか山になっている。
やがて夜も10時を過ぎると適当に終了となる。昼間の仕事の悩みも解消され、又実家に残している家族のことも忘れ、その日の一日が終わるのだ。英気が養われ翌日への活力が蓄えられることになる。