波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

白百合を愛した男  第56回

2011-01-03 08:37:53 | Weblog
確かに人間関係を円滑にすることと、自分自身を自立させていくことはある意味難しいことかもしれない。相手を立てれば自分を殺すことになるだろうし、自分を立てれば相手が立たなくなることになる。人間は元来自分中心に行動するもので、それが本能であり、自然だからその程度によっていろいろな問題が出てきそうである。
「君はしゃべりはどうかね。」先輩の話は続く。「そうですね。どちらかというと話は好きです。無口ではないと思います。」「そうか。しかしそれはある意味危険かもしれないな。俺の知っているやつで、お客さんと商談をしていて途中で相手が切れて、話は無いから帰れと言われたのがいたが、あまりしゃべりすぎるのもどうかと思うこともあるよ。」
「それはどういうことですか。何を言ったのですか。お客さんを怒らせるなんて考えられませんがね。」「それが何でもその営業マン話をしている間に夢中になってきたらしいんだ。何とか自社の製品を売ろうとして、こんなに良い製品を買わないなんておかしいですよ。買うべきだと思いますよ見たいなことを言ったらしい。つまり一生懸命になりすぎて
相手のことが見えなくなっていたらしい」「それでどうなったんですか。」「いやー。一時は大変だったらしい。帰れと言われても、あーそうですかと簡単に帰るわけにもいかない、車を呼ぶ振りをしながら時間を稼いで、冷静になり、何とか無事に納めたらしいがね。勿論その商談は不成立になったがね。」「成る程、難しいものですね。あまりべらべらしゃべらずに相手に出来るだけしゃべらせて本音が聞ける方が無難ですかね。」
「その辺が難しいところだよ。」
「ところで話は変わるけど、お酒はいけるかね。」「いや、残念ながらお酒は飲めないんですよ。」「それは残念だね。お酒は営業マンにとっては大きな武器だからね。ただし使い方によっては、自殺行為になることもあるがね。まあ、でもお酒が適当に飲めることは悪くないよ。最大公約数で言うと、飲める人が圧倒的に多いいからね。」彼はすぐ美継のことを思った。彼は明治の営業マンだったが酒は飲めなかった。しかし、どんな人ともお付き合いをして立派に仕事が出来た。どんな営業をしていたのだろうか。お酒が飲めなくても出来る方法があるのか。残念ながら詳しいことを聞いていなかった。
白百合のような妻を娶りその妻を愛し、会社にその全人生を捧げ、信仰に生きた彼は昭和の終わるのを待つように平成元年94歳の生涯を終えていたのである。
しかし、その跡を継いだ若者はその会社を背負うように成長しつつあったのである。