波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

波紋    第7回

2008-07-21 10:35:36 | Weblog
ほかにも社員はいたが地元で採用したものでなじみの薄いこともあった。それとなく二人が時々揃って帰るのを見ていて付き合っていたのは知っていたが黙ってほほえましく見ていた。松山が大阪へ来て3年が過ぎた頃、東京へ転勤の話が持ち上がった。本社からの指示である。
中山は転勤の話をきっかけに二人のことも話さなければならないことを感じていた。「彼もそろそろ30になる。嫁さんを貰ってもいい年だが、あいつは酒だけ飲んでいりゃあご機嫌で女に関心があるのか、ないのか、分らないからなあ。どうしたもんかな。」とひとりごちた。
時間は何時しか過ぎていき、中山もこれ以上このままにしておくわけにはいかなくなった。「おーい。松山今晩予定は入っていないか。もしなければ俺とちょっと付き合わないか。」「分りました。しかし、所長珍しいですね。私なんかでいいんですか。」今日は所長のおごりで酒が飲める。中山の頭は何の計算もなかった。
ただ気楽に飲めること。そして少しでもストレスを発散して気分がよくなれば良かったのだ。やがて所員が一人一人挨拶をして帰り、会社には二人だけになった。
「さーて、そろそろ出かけるか。大阪は串焼きが名物でおいしいんだがお前知っているか。」「聞いたことはありますが、正式なものは食べたことがありませんね。」「そうか。それじゃちょっとおいしい串焼き専門の店に行こうか。そこでおいしい酒を飲もう。」連れて行かれたのは北の新地の中にある洒落た暖簾の出た店であった。店に入ると右側がカウンターで足の長い椅子がずらっと並んでいた。
反対側には小さいテーブルが並んでいたが、中山は一番奥のカウンターに巣に腰掛けた。そして松山を横に座らせた。「中山さん。いらっしゃい。暫くじゃないの。いつもきれいな女性と一緒なのに珍しいわね。」奥の暖簾を分けて髪をアップにした和服のママさんらしい中年の女性がにこやかに出てきた。
「しーっつ。駄目じゃないか。その話は内緒だろ。今日は部下と一緒で大事な話があるんだからお手柔らかに頼むよ」中山は悪びれた様子もなく、上着を脱ぎ、出された手ふきを取り上げた。この奥の席が彼のいつもの席らしい。
まだ少し時間が早いと見えて、店には自分達以外には誰もいなかった。ビールでとりあえず乾杯として各々好きな酒を注文した。カウンターには黙ってお通しから串焼きが順番に出てくるのである。揚げたての油の香りがする串を少し塩を振りながら食べると何ともいえない味が口いっぱいに広がり、すぐ酒を飲みたくなる。
「こりゃー気をつけないと酒が進みそうだ。」和夫は頭で言い聞かせていた。