終わらない演奏会

不惑の道を歩みながらも未だ惑いっぱなしの筋肉おばはん帯の、ヘヴィーでメタルでどうでしょうな日常です。

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2007-05-30 18:19:10 | 音楽
NEVER ENDING STORY
FUMIHIKO KITSUTAKA&FRIENDS, tezya, ファンキー末吉, 橘高文彦, 山田晃士, 秦野猛行, 大槻ケンヂ, 内田雄一郎, 二井原実
インディペンデントレーベル

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先日、こちらの記事でご紹介いたしましたアルバム。

前回はタイトルチューンであるNEVER ENDING STORYについて書きましたが、今回はその次に収録されているという楽曲について。





正直に言います。

このアルバムが発売された当時、この曲はそんなに好きではありませんでした。

それが、最近になって改めてこのアルバムを聴きこんでみると、この曲にものすごくひっかかるものがあったんです。





たとえば、二井原さんが歌うNEVER ENDING STORYが、魂の叫びだとすると、山田晃士氏が歌うは、魂の紡ぎです。

最近、私の音楽の心の師(であると私が一方的に思っている)の中のおひとりのブログにも書かれていたことですが、今の日本の音楽というのは、実に歌詞軽視の傾向にあるのではないか。と。

据わりの良い言葉を何となく並べて、サビだけ英語で、聴いたときにサビメロしか耳に残らないような曲が多いのは、非常に憂うべきことではないか。と、その方は書かれていました。

どうしても私なんかはシロウトですから、自分の好き嫌いでしかモノを言いませんが、私自身、音楽を聴くときには今まであまり歌詞を重視して聴いてはこなかったのです。

歌詞の内容とか、ミュージシャンのテクニック云々よりも、とにかく聴いて気持ちがいいかどうか。

自分が好きかどうか。

聴いて自分の中の何かが揺り動かされたかどうかというのが、私の中で、好きか嫌いかを判断する材料となっていました。





しかし。

という曲を改めて聴いて、歌詞の持つ意味とか、歌詞の持つ魔力のようなものを改めて考えずにはいられませんでした。

聴けば聴くほど、自分でもしまっておいたはずのいろんな感情があぶり出されてしまいます。

たとえば。

相手の顔とか、会話の内容とか、そんなことは全く思いだせない。

ひそめた眉とか、吐息混じりの声とか、体温とか、そんなことしか思いだせないほどに狂おしく、捨てたくても捨てることができない、心の奥底にしまっておいたはずの感情のようなものが否応なしに起こされるのです。

嘘を重ねられる側が悲しいのか、それとも嘘を重ねる側が痛いのか・・・

聴けば聴くほどわからなくなります。





良質の日本語の歌詞というのは、書き手以上に聴き手に力が必要だと思います。

聴きようによって、いろんな解釈がある。

そのへんの据わりの良い言葉だけを並べ、通り一遍の解釈しかできない歌ではなく、聴いたときの心情や年齢やおかれている立場で全く違った解釈になる可能性がある、そんな歌は、聴く側の神経も非常に摩耗させられます。

が、それ以上に、その歌を好きになって聴きこめば聴きこむほど自分の心が豊かになるのではないでしょうか。

そしてさらに、この歌を、元ARUGEのボーカル、山田晃士氏が、イマドキの何歌ってるのかわかんないような歌い回しではなく、ひとつひとつの言葉を絞るように歌いあげており、そこに橘高様のギターの旋律がからむわけです。

私なんかはどうしても、ARUGEとして10代でデビューした2人が、20年たって再びひとつの楽曲を作ったということに、余計な感情移入をしてしまうのですが、そういうの抜きにしても、大変素晴らしい作品です。

曲のアレンジとか、ギターソロのテイストなんかは明らかにハードロックで、ギターソロのみならず曲全体に漂う橘高様のカラーが、この歌詞と一緒になって、私を泣かせるのです。

曲の構成自体は、筋肉少女帯の「僕の歌を全て君にやる」を彷彿とさせるものがあります。

しかし、印象は全く別物。

全く別の印象を与えられる曲でありながら、それでも橘高文彦の音であり、橘高文彦のフレーズなのです。




最近になって、昔そんなにいいと思わなかった歌が、どんどん好きになっている自分がいます。

そんな曲は、概ね歌詞の内容が深く、日本語のみで書かれたものが多い気がします。

もともと人間椅子のような文学的な歌詞を書くバンドが好きでしたが、この年齢になって、いろんなものがストレートに伝わってくる歌もどんどん受け入れられるようになってきました。

ある小説家の言葉で

「雨がふったら、雨がふったと書きなさい」

という言葉があります。

雨がふったことを雨がふったとしか書かれていない中から、いろんな情景を思い浮かべて自分のイメージを膨らませる楽しみを読者から奪わないための言葉であると思われますが、そういう単純明快な言葉の裏に隠されたものを読み取る力が、今の日本人は低下しつつあるのでしょう。





良質の日本語を読み取る力、美しい日本語の歌を聴く力を、どんどん養っていきたいものです。

そうすれば私も、誰かの下手な嘘を、軽く指ではじいて、まるめて捨てるくらいの度量が身につくのかもしれません。


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8 Comments

コメント日が  古い順  |   新しい順
みぃつけた☆ (たかんちゅ)
2007-05-30 23:00:38
こんばんは

見つけてしまいました♪
タイトルだけ見てるとスルーしてしまいそうでしたが。。。
読んでいくうちに確信に!!

ちなみに・・・。
朝は雨が降っていたのに、夕方は晴れていました。
想像してください(^_^)

http://takanntyu.cocolog-nifty.com/babystory/
たかんちゅさんへ (筋肉おばはん帯)
2007-05-30 23:03:33
見つかってしまいましたね!
よく頑張りました。
このマニアックな文章を最後まで・・・

夕方も晴れてて良かったです。
二人なら堕ちてゆけばいい (まほえもん)
2007-05-30 23:19:36
本当に聴けば聴くほど難解。


深みにハマっていく。
抜けられない。
終点はない。
途中で辞めるか、このまま藻掻き続けるか。

しかし、辞めるという選択肢はない・・・


NEVER ENDING STORY・・・
Unknown (サウスポー)
2007-05-30 23:31:26
すごいですね……!
将来文章の仕事に就きたい私にとってもめっちゃ考えさせられました!
それに音楽とかにもすごく詳しいんだなと思いました。。。
確かに今の日本人はそういう力が低下してますよね。
もっと本を読むべきだと思います。
今売れてるものを作り出した人は大体が本を読んでいたからだと聞きました。
やっぱり、想像力とか、モノを読み解く力なんでしょうね……
勉強させて頂きました!
まほえもんさんへ (筋肉おばはん帯)
2007-05-30 23:33:52
聴けば聴くほど苦しくなります。

このトシになると(って最近このフレーズ多用しすぎ)自分自身、いろんな立場を経験してきましたよね。ある程度。
傷つける側だったり、傷つけられる側だったり、ウソつく側だったり、ウソつかれる側だったり。

両方の気持ちに入ってしまえるからこの歌はシンドイのです。

このまま堕ちていこうかしらん。
サウスポーさんへ (筋肉おばはん帯)
2007-05-30 23:40:15
やっぱり時代の流れというか、今って、娯楽の選択肢がたくさんあるでしょ?
小学生だってDS持ってる子が多いし、親も自分がやりたいから手軽に与えるし。
昔はそんなに手軽に手に入る娯楽がなかったから、多分今より本を読む子が多かったんだと思います。
今ヒットしてる歌の中にも、もちろん良いものはたくさんあると思いますが、やっぱり若いコが直観的に聴いてストレートに伝わりやすいモノが多いのかな・・・と。

良い詩を書く人は、言葉遊びをたくさんした人。
良い曲を書く人は音遊びをたくさんした人だと思います。

あくまでも私個人の偏った意見ではありますが、読んでくださって、ありがとう。
こんばんは! (しみづ)
2007-05-31 02:19:48
「指」、いい曲ですよね!
大人同士の妖艶なエロスが滲み出ていると思います。
大事に発せられる一言一言により、情景が自然に浮かぶというのは素晴らしいですね。

私も歳を重ねるにつれ、直球の歌詞もスーっと受け入れられるようになった気がします。
以前は、照れくさいというか恥かしいというか、もっと婉曲の言い回しがあるじゃん!みたいに思ってました。
でも歌詞はワーズやリリックとは言っても、ポエムとは言いませんからね。心情をストレートに伝えるのも一つの
詞の手段かな、と考えられるようになりました。相変わらず、含みを持たせた抽象的な詞も大好きですが・・

あまり意味の無さそうな、軽い歌詞はダメなんですよね~・・最近で言うと○ZMAチックなものとかです(ファンのかた見てたらごめんなさい)。
もっと言葉の使い方や選び方を大事にして欲しいなと思います。言葉って、今すでにあるものを暗記して受け売りするしかありませんから、頭の引き出しの中に多くの語彙を溜めておけるかどうかは、やはり文字にどれだけ触れてこられたか(いけるか)にかかってると思います。
若者は町へ出るな書を読もう、なんて。

ダメついでに言うと、応援歌のようなメッセージソングも苦手なんですよね・・ミディアムテンポで明るいメロディにそういう詞が乗っかっているとちょっとたまりません・・捻くれ者なのでしょう。これも歳と人生経験の積み重ねで受け入れられるようになるのかな・・

私たちリスナーは、感動したくていい曲やいい詞を求めているのだと思いますから、これからも飽くなき音楽の探求をしていきましょう!
楽しむこと第一前提で。

追記:
記事の見出しは曲のタイトルにこだわらなくてもいいのでは、と勝手におせっかいで思ってます。
タイトルが決まりにくいためにもし悩んだり滞ったりしてたら、もったいないじゃないですか。
以前書かれていた「継続」、悪いことじゃないと思いますよ。タイトルスタイルの「継続」、あるいは内容の「継続」、あるいはブログ自体の「継続」、そのなかで一番都合の良い「継続」の選択も可能だと思います。
いつも楽しく拝見させていただいてますから、気負わずにのんびり続いていくことを切に願っております。

長々と失礼しました!
しみづさんへ (筋肉おばはん帯)
2007-05-31 19:34:06
こんばんは。

歌詞の場合、どうしても歌メロとの兼ね合いがありますから、なかなか使いたい言葉が使えないとかいうジレンマはありそうですね。
歌詞先行で作るか、曲先行で作るかにもよるのでしょうけど。
良質の歌詞にインスパイアされて良い曲ができることもあるでしょうし、良いメロディーに突き動かされるように素晴らしい言葉が出てくることもあるでしょう。
どちらにしても、何も考えずにただ製造して消費されるだけの、「売る」ための音楽は、ごめんなさいです。

リスナーがどんどん良いものを求める時代になれば、おのずと良いものしか世に出なくなるでしょう。
そう願ってやみません。

ところで。
ブログの件、ご心配いただき、ありがとうございます。
とりあえず私のコダワリの部分なので、たくさん良い音楽を聴いて、自分の引き出しを広げていけば、ネタは尽きることもないだろうと思っています。
とりあえず、やれるところまでやってみます。
ありがとうございました。

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