真面子の社会観察日記

社会で起きている様々なできごとを真面目に言いたい放題!

沖縄移住計画

2014年09月30日 | Weblog
昨日は、中・高と一緒だったアンコと久しぶりにあった。彼女とは1年に数度会う。会うときは何時も朝10時半に待ち合わせし、青山、神宮前辺りの小洒落たレストランでお食事をしてから、カフェに向かい、最後に我が家でお茶をし、夕方4時半に別れる。

このパターンは毎回決まっていて、私が作っている「都内の100レストランリスト」から季節にあった場所を選び、最後に我が家でおしゃべりをするのだが、彼女は母のことを良く知っているので必ず仏壇に手を合わせてくれる。

昨日の話題は、来年3月で彼女達夫妻は完全リタイアすると決めたので、その後はどのように過ごし、何処に住むか、また海外旅行はどうするか等だった。6時間はあっという間に過ぎ去る。お互いに無理なく、正直に付き合うをモットーにしているし、「ぼけとつっこみ」をやりながら、会っている間中笑いっぱなしだ。

昨日、彼女は沖縄に移住する計画をしているのだと話し始めた。以前から聞いていたのでさほど驚きはしなかったが、いよいよなんだなと思った.理由の1つは、お嬢さんの1人が沖縄に嫁いでいるからだった。

お嬢さんが結婚後、折りにふれ、夫妻で沖縄を訪問し移住が可能かどうかを探って来たのだそうだ。ただ永久移住はしないつもりで、今の家はそのままにして、沖縄ではアパートを借りて、戻りたい時に本土へ戻って来る計画だそうだ。

沖縄は日本だけど、私たち世代には少し外国っぽい感じが有る。というのは大学の時にパスポートも持って初めて行く外国は船で行く沖縄だったからだ。まだ沖縄が日本に完全返還されていず、沖縄に行くとアメリカのお酒とタバコが買えるなどと言われていた時代だ。

今では沖縄は飛行機でひとっ飛び、身近な観光地となっているけど、沖縄の歴史を見るとそうお気楽に沖縄を訪れることが出来ない。一度だけ沖縄に行ったことがある。ひめゆりの塔を訪問後、原因不明の病気になって、その後恐くて沖縄に足を踏み入れていない。

アンコが沖縄に移住したら会いに行けるかな?



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

6歳で営業活動

2014年09月29日 | Weblog
私の一番小さい友達は、まだ6歳だ。産まれる前から、つまりママのお腹にいる時から彼女がこの世に出てくるのを待ち続けていた。産まれた翌日に病院に行って、抱かせてもらったこの子ももう6歳になる。時の経つのは恐ろしく早い。

昨日は、彼女が今習っているバレエの発表会のチケットを貰うためと、彼女ご指定のハワイアンクッキーを渡すこと、そして、今彼女が通っているインターナショナルスクールの国際フードファエが10月11日にあるのだが、その協賛企業からのチケットを1枚250円で事前購入して欲しいということだった。

神宮前の銀杏並木のレストランで待ち合わせすると、ママからアンティー○○にお願いしなさいと言われ、彼女は、英文パンフレットを読みながらこのチケットを買うとどんなに素晴らしいことがあるかを説明し始めた。ディズニーランドの入場券や宿泊券、一流ホテルの宿泊券などなど。

外資で働いてるときも、ファンドレイズのためにこういうイベントが良く有ったし、不況のおりどのような企業が協賛しているか興味津々だった。そして「アンティー沢山買ってね」と束になっているチケットをテーブルの上に置いた。

私は4枚買うのでいくら?と聞くと即座に「1000円」というので6歳の子が計算早いな~と思い、1000円札を渡すと「えっと、チャンジはいくらだっけ?』なんて言うのだ。

おつりを渡したら損しちゃうよと言うと、分かったのか分からないのかが、私には分からない。外資やインターナショナルスクールではこういうファンドレイズの催しが良く有り、子どもたちも積極的に参加する。

若い人が政治に余り興味もなく、選挙にも行かないねと先日話したのだが、小学校から政治の仕組みや選挙等をどんどん教えていないからだ。自分の1票が実は世の中を変えることができるんだと理解していれば、日本の政治も経済も変わるだろうと思う。

ただし、この子のママが言っていたのだが、余りに行事ごとが多くて子どもたちは何がボランティアなのか、分からないままに行っているのではないかと。でも6歳で、しっかりと営業していました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

やっぱりもう一度チャアレンジしてみよう

2014年09月28日 | Weblog
昨年10月から今年の7月迄、毎月2回の混声合唱団をに入っていた。きっかけは、ちょうど1年前、仙台と気仙沼旅行に参加した時に、既に始まっていた合唱団のメンバーになっていた方から、話しを伺ったからだ。

理由は、来年(つまり今年の3月31日)に定年になり、非常勤に変わるので、自由になる時間が沢山出来るだろうと思ったこと、まだチャレンジしたことがないことをしてみようと思ったこと、そして、恊働するグループで何かをしたいと思ったことだ。

また、定年になってから何かを始めると準備期間が充分でないとアドバイスされていたこともある。一足先に定年になった先生は、もう一度やり直しと思って、茶道と着付けのお稽古に行っているとおっしゃっていた。

夏休み前にお会いした時に、着付け教室はただ着られるだけで良いと思っているのに、イベント等では先生の助手をさせられたり、催し物に参加するように言われたり、茶道は免許等要らないのに、取る様に先生から言われるのだと伺っていた。

『やり直しのお教室」ってよくあるけど、着付けや茶道も暫くしていないので、私も考えていた所だが行かないことにした。だけど、書道と囲碁はもう一度やりたいと思っている。囲碁は父とうちたくて、市ヶ谷の日本棋院に父に内緒で通った。そして、父が亡くなる前によく二人で囲碁をした思い出が有る。

混声合唱団に入ってすぐ母が突然他界し、その時に多くのメンバーの方に助けられ励まされた。同僚の先生方にも多いに助けられた。もしも多くの人たちに助けられなかったら、きっと今でも落ち込んでいたと思う。

でもコーラスがだんだん苦痛になり、ストレスになり7月を機に辞めようと思っていて、更新手続きをしていなかった。9月に入り、事務局の安藤さんに数度ご連絡を頂き「1年間続けたんですから」と言われ、中山さんともじっくり話し合い、やっぱりもう一度チャレンジしてみようと思う。

そして、同窓で同期の残間、中山さん達の活動を微力ながら支援したいと思ったのだ。 


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

無縁化するお墓

2014年09月27日 | Weblog
秋のお彼岸中だったが、お彼岸中に墓参りに出かける方も多いだろうと思う。○○家のお墓があるので、お盆、お彼岸、年末年始、それに母がまだ亡くなって1年経っていないし、家から車で20分位の所にあるので、出来るだけお墓に行って花を手向けている。私はクリスチャンなので、お花を手向け墓掃除をするだけでお線香をあげることはない。

23日に母が好きだったお花を買って墓参りに行った。何時もは割合静かなのだが、23日はさすがに沢山の方々が墓参りに訪れていた。墓石には綺麗なお花が生けられていて、いつになくお墓全体が華やかで明るい雰囲気だった。

父方の祖父母のお墓は水戸にあるのだが、以前、水戸の墓参りに行った時、「このお墓を知っている方はありませんか?』という張り紙を見た。東京から水戸迄は高速道路で2時間位かかるから、そう頻繁には墓参りには行けない。そのお墓は無縁仏になりつつあって、もう訪れる方もいないのだなと思った。

今は少子化、一人っ子、独身が増え、無縁化するお墓が急増し、昨年よりも倍増したとニュースで言っていた。両親は、『家には男の子がいないので、家から近い所にお墓を探して買った」のだと言っていた。確かに近いから気軽に墓参りに行ける。

お寺からは、檀家さんだからと言って1年間の管理用料はもちろんのこと何やかやと言ってくる。必要なお金は出すことにしているが、催し物には行ったことはない。

毎日忙しく生活している家族や、独身者には墓守りは結構な仕事量だ。父が3男だったので父の代でお墓を購入し、今お墓には両親しか入っていないのだが、私はお墓には入らないので結局は姪達に墓守りをお願いすることになる。

団地式のお墓の方がお手軽で良いと思うこともあるけど、両親の意志で購入したお墓だから、墓守りはしなければならない責任がある。「少子化・核家族と無縁化するお墓」等、新たな社会問題が次々と起こる。






コメント
この記事をはてなブックマークに追加

出会って47年の友人達と合宿

2014年09月26日 | Weblog
18歳、大学1年から4年間ギターサークルで活動していた元女子4人、私を入れて5人で会った。「5明会」と命名されているのだが、昨日から1泊の鎌倉合宿に行ってきた。

当方は、新学期初日で忙しく、他の人は早朝8時半くらいに新宿駅で待ち合わせて、鎌倉散策をしてから旅館に行ったようだ。私は観光には参加せず、授業後、チェンクインタイムに少し遅れて到着した。

台風が熱帯低気圧に変わり、風が少し吹いたものの、鎌倉散策には良いお日和になったようで、仕事のために散策に参加出来なかったけど、報告寺や杉本寺等いくつかのお寺をお参りしたようだ。

大学時代に4年間で7泊8日の合宿を1年に2回、加えて卒業前の卒業講演合宿を入れて8回の合宿を私たちは経験している。大学時代の思いでは、サークル活動と厳しかった合宿に尽きるのだ。思い出が勉強でないのが残念。

今回は久しぶりの合宿だった。嬉しくて前日から眠れなかったなんて人もいた。私は新学期初授業のことで頭が一杯で、正直に言うと合宿どころでは無かったのだ。でも参加して良かったと思う。5人久しぶりに同じ部屋に布団を敷いてもらい、おしゃべりし、テーマを決めて議論したので参考になった。

3人が公務員のキャリア組みで昨年停年を迎え、非常勤の仕事をしているのだが、それも来年3月で退職し、自由の身になるのだと言っていた。私以外は全員引退すると言っていた。

朝9時半に別れて私は元教え子とのアポがあったので、彼らが昨日散策した鎌倉辺りの道路を運転しながら1人で帰って来た。元教え子は10月に仕事でNYに行くのだと張り切っていた。27歳になる彼女はチームリーダーとして活躍していて、昇進試験勉強が終わった所だった。

働けば働くほど、学生時代にもっと勉強しておけば良かったと思うそうだ。ゼミ生、耳が痛くないですか?そうは言っても、私は学生たちに自慢出来るほど勉学に励んだ訳ではなく、何か1つに打ち込んだだけだった。それが私の財産の1つになっている。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加