真面子の社会観察日記

社会で起きている様々なできごとを真面目に言いたい放題!

海外で病気を経験して

2007年06月30日 | Weblog
昨年11月、母と二人でソウルに行った。韓流に乗り遅れたので母を韓国に連れて行こうと思った訳ではない。縁あって知り合った韓国人の21歳の女性と母を会わせるために、まだ寒くならない前に一度、ソウルを訪問しようと言うことになった。

高齢の母を海外に連れて行く時は、何があっても大丈夫なように準備万端整えて出かけなければならないので、神経をとても使う。中でも海外保険とホテルの格は重要だ。今まで一度も母をその保険を使ったことが無かったのは、ラッキーと言えるが、韓国で、初めて保険を使うことになった。

11月10日の夜10時頃、母の具合が悪くなり、フロントに電話した。私一人なら5つ星ホテルなど泊まらないのだが、母と一緒の時は、万一に備えてサービスの良い高級ホテルに泊まることにしていたので、今回も素早い対応で、すぐにドクターから部屋に電話が入り、30分以内に往診してくれた。

ドクターは診察後、明日また連絡をすると言い残して帰って行った。幸い、母の病状は翌日には良くなって、韓国人の女性と会うことが出来、一緒に国家遺産である昌徳宮にも行けるほどに回復したのである。

土曜日にまた医者から連絡が入ると思い、部屋で電話を待っていたがとうとう無かった。日曜日も母は何事も無く、ソウルの街を少し楽しむことが出来た。すっかり病気のことも忘れ、明日無事に帰国出来ると良いと思っていたら、日曜の夜10時頃、ドクターから電話が入り、今から往診すると言うではないか。

母は回復しているし、明日もう帰国するので大丈夫だと言ったのだが、往診すると言い夜10時半頃現れ、薬を処方して10分くらいで帰っていったのだ。

そして、昨日保険会社から医者に支払った金額のお知らせが来た。医者に支払った額は、10万円になっていた。私はとても驚いて、保険会社に電話を入れ、請求内容の確認をした。保険に加入していたのだから、もちろん1円も治療費は払っていないのだが、法外な金額だと思ったのだ。

いやいや、請求内容を聴いてまたまた驚いた。金曜夜の深夜往診料が3万5千円、まっ、海外で夜10時過ぎならこの金額でも仕方ないかなと納得した。そして、日曜の往診料が5万だと聴いた時、思わず、だからこの医者は断ったのに部屋まで来たのだと思った。

というのは、初めて電話をしてきた医者は、最初にどの保険に加入しているのかをしつこく聴いた。そして、母が入っている保険を確認すると、即答で往診すると言ったのだ。その医者は母の保険の指定医になっていて、何も書いてない保険証書にサインをし、患者はその場で診察料など一切払わなくて良いことになっていた。つまり、昨日の請求金額を観るまで、診療内容明細がどのようになっているのか知らなかったのだ。

もちろん、その医者は最前を尽くしてくれたと思いたい。でも、誠意が感じられない応対に戸惑ったことを覚えているし、お断りした日曜夜の往診もちょっとついでに立ち寄った風の態度が嫌に気になっていたのだが。なんだか後味悪いよね、こういうのって。
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3年以内が6割

2007年06月29日 | Weblog
転職に関する意識調査結果を転職サービスの株式会社インテリジェンスが20日に発表した。対象は20歳~40歳代を中心としてビジネスパーソン1000人である。「3年以内に転職したい」が6割以上という結果を皆はどう思うだろう。

若年層では6割以上が3年以内の転職を検討中という結果で、24歳以下ではその割合が7割以上に及んでいる。そして、人生で転職すると思う回数については、「2回以上」が31.5%と最も多く、次いで「1回」(26.7%)、「3回」(17.8%)となっていて、2回以上とした人の割合は全体の7割にも上っている。

この数字から言うと、これからの仕事人生は、「転職は当たり前で、それも複数回繰り返す」ということが分かる。20歳で社会に出たとしても、40年いや50年近くの長いビジネス人生が待っている訳で、たった一度の人生を生涯1社で終えることなど、世界各国から観たら、その方が不思議な社会なのかもしれない。

戦後の日本経済を引っ張って来た人生の先輩達は、働くことは日本国再建のためという大きな目標があった。だから彼らは日本国再建のために一身に働けたのだろう。言うなれば、国民全体のベクトルが同じ方向に向かっていて、ひた走って来た訳で、それが終身雇用に繋がっていたのだ。

でも今ではそんなことは夢のまた夢、また遠い昔の話のようだ。いったい、いつ頃から転職が当たり前の世の中になり、いつ頃から派遣社員や契約社員、パート社員など多様な働き方が受け入れられるようになったのだろう。「働くことは正社員として働くこと」が戦後の日本では長く続き、派遣社員のシステムが出来たときには、皆一様に驚いたものだ。

確か、1970年代後半辺りから派遣社員として働く働き方があったように思う。派遣会社のキャッチフレーズが「あなたの働きたい時に働きたいだけ働く、専門職の仕事」というのだったように思う。それでも始めは、派遣会社は人財が集まらずに苦労したと聴いたことがある。

多様な働き方が出来る社会、つまり、転職が可能な社会は、特に女性にとっては良いように思う。人生の節目節目に、自らが望む働き方を自由に選択することが可能な社会こそが、健全な社会なのだと思う。

転職で重要なことは、ただ単に転職をするのではなく、次へのステップ・アップに繋がる転職をすることだ。そのためには、中長期的な目標を持つことなのだが、時々、「海外旅行に行きたかったので退職し、その後転職しました」と、明るく、屈託なく答えるのを聴くと、大丈夫かしらと思のだが、どうだろう?
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留学生の就職活動

2007年06月28日 | Weblog
今日、留学生の就職状況についてのフォーラムがあり、産学官の話しを聴いてきた。今日本には留学生は増える一方で、卒業後、母国に帰らずそのまま日本で働きたいと思っている人たちも多いのだが、実態はどうかというと、留学生の約8割りがそのまま日本に残って就職したいと考えているものの、実際は留学生の約1割りしか日本に残らず、帰国してしまうという現実がある。

留学生が希望する企業は、「上場企業で、有名企業で、大企業」に入りたいという志向が強すぎるため、なかなか就職がうまくいかないという留学生側の問題もある。確かに、彼らが知りうる企業は限られてくるだろうから仕方がないと言えば仕方がない。もう一つ問題は、日本人学生に比較して、就職活動時期が出遅れることにある。今日パネリストして出席していた電子機器メーカーは日本人と留学生の区別をして採用はしていないということだった。となると、単に留学生が就職活動を始める時期が日本人学生に遅れるというだけで採用されないということになる。

大学側の問題としては、留学生が増えているにも関わらず、留学生の就職活動支援を本気で取り組んでいる大学がまだ少ないということだ。アメリカ人留学生は1年からSPIに取り組んで、日本企業に就職する準備をしていたし、大学のキャリアセンターにも何度も足を運んだけれど、結局必要な情報も支援も得られなかったと言っていた。留学生が日本国内で就職しようと思えば、これくらいの努力をしなければならないということだろうが、1年から就職準備をしたいたなんて、日本人学生にも聴かせたい話しだ。

では、どのようにして留学生は就職するのかと言うと、大学のゼミの先生の紹介で就職が決まるケースが多いのだそうだ。そう言えば、台湾からの留学生も最後の最後に大学院の研究室の教授の紹介で船会社に就職が決まったのを思い出した。知り合いの留学生も大企業ばかり受けてはじき飛ばされていたっけ。私はと言うと、当時、電話口で「諦めないで、時間はたっぷりあるから、頑張って」としか言ってなかったような気がする。

次に留学生の悩みは、企業での配置先が自分の専門がいかせないことにある。知り合いの留学生も社長秘書に配属になり、ショックを受けていた。今日のフォーラムでの報告は、まるで知り合いの留学生の人の「愚痴か告げ口」かと思うほど、事例が同じで少し驚いたが、一方で、知り合いが特別なことでは無かったということでは、安心した。

せっかく、多額の投資をして日本で学んだのだから、出来れば日本のことを良く知り、良い印象を持って母国に戻ってもらいたいと思う。そして、将来は、日本と母国との架け橋となって、両国のために働いて欲しいと願う。そのためには、留学生をお客様として特別扱いをするのではなく、日本人学生と平等の機会を与え、平等に扱うことを国も企業ももっと推進すべきだ。

留学生はいずれ母国のリーダーとして活躍する人たちである。その人たちを大切に扱うことは将来の日本にとっても重要なはずである。

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ネットカフェ漂流――極貧の若者

2007年06月27日 | Weblog
先日、真夜中寝る前になんとなくTVをつけたら、ドキュメンタリー大賞をとった番組が流れていた。もっとも大賞をとった番組であったことは番組の最後のテロップで知ったのだが、結局最後まで観てしまった。

このような意義あるものが、日曜のそれも真夜中、つまり月曜の夜中の3時頃に流されるのは、もったいない気がした。格差など社会問題を私たちに沢山投げかけてくれている番組だったし、社会からはじき出されてしまった若者を取り上げていて事態は深刻なんだと痛感させられた。

取り上げられていた若者は、20代後半の人たちで、家も無く毎日ネットカフェで寝泊まりしている人たちだった。収入源と言えば、1日派遣社員、つまり日雇い労働者をしている人たちで、特別な技能など要求されない肉体労働者だ。持ち物は、ビニール袋一つが全財産だと言っていた。

住所も不定なため、常勤に就くことはできず、健康保険証も無いので病気にもなれないのだと言っていた。もちろん、年金保険など遠く及ばない。つまり、この人たちは社会から抹殺されてしまった状態なのだ。日本国内にれっきとして存在しているのに、あたかも存在していないかのような暮らしを強いられている人たちだ。

ある支援団体の人が言うには、「彼らはお金が無いのではなく、お金を使いすぎるのだ」と言った。ある意味そうかも知れない。こういう生活者は何をするにもお金がかかるからだ。食事は総て外食だし、寝るところの確保のためにも毎日お金を使わなければならない。宿泊する場所が無いときには、寒さをしのぐために一晩中歩き回り、朝の一番電車に乗って、その中で睡眠をとるのだそうだ。きっと日々なんとか食い延ばし、ネットカフェで寝るくらいの収入は稼げるとして、アパートを借りるだけの蓄えは永遠に作れないのだと思う。

彼らはこういう生活から抜け出したいと思っているのだが、一度この生活にはまるとアリ地獄のように抜け出せないのだそうだ。ある若者は、10歳の時に両親が離婚し、高校生の時に母親が蒸発し、高校中退となってしまった。両親から見捨てられ、住むところも、まともに働くところも無いのだと話していた。今の日本では、高校中退だと正社員の職を見つけるのは容易なことではないだろう。

最後に彼の唯一の贅沢は、サウナに行って、1日ゆっくり身体を横にして寝ることだと言っていた。ネットカフェでは、一晩中椅子で寝るしかないからだ。こういう話しを聞くと、なんとも切ない。

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回転寿司のからくり

2007年06月26日 | Weblog
今、世界中で和食ブームだと言われていて、世界中の大都市なら大体何処でも和食を食べることが出来る。時々、えっ、これが和食?って言うまがい物も無い訳ではないが、それでも一頃に比べると、随分と和食は浸透してきていると思う。生ものは外国人は食べないと言われていたのが嘘のように、今は寿司ブームでもある。カロリーも割合低く、ヘルシーだと言う訳だ。

日本人の寿司好きは大変なもので、寿司が嫌いだという人を余り知らない。そして、今は日本国中どこに言っても回転寿司の店が無いところは無い。回転寿司の発想は、ビール工場でビールが回っているのにヒントを得て回転式のコンベアーを考えたのが始まりだ。回転寿司の普及が、寿司をより庶民に近づけたのだと思う。そして、最近の子供は寿司は回るもので、寿司屋はデザートのケーキも出すものと思っているのだそうだ。

握り寿司は比較的原価率が高く、サラダ仕立てのような軍艦巻きを沢山出すことによって利益をあげている。ちなみに原価率が高いのは、やはりまぐろで67%と最も高く、サラダ仕立ての軍艦巻きの原価率は20~30%だそうで、最も儲かる寿司ねただと言うことを知っていましたか?どうりでサラダ仕立ての軍艦巻きが沢山流れていると思った。そして、みそ汁とかケーキなどのサイドメニューも比較的儲かる商品だそうだ。

回転寿司は進化し続けていて、時間が来ると自動的に廃棄される仕組みになっていたり、皿にはバーコードが埋め込んであって瞬時に会計が出来ることなどは当たり前で、利益をあげるために並々ならぬ企業努力をしている。利益を上げるためには、廃棄物を極力少なくすることが一番重要なのだが、実は、客の回転率をあげることも重要なのだ。考えてみたら、寿司だけが回転していたのではなく、客も回転していたのだ。これは笑える。

また、大量仕入れの一括し込みに依らなければ利益は出ないのだそうだ。今は店には、包丁も無いというほど、総てが一括で処理されるらしい。すし飯も一括で作り、握りを作る機械も開発されていて、ここでもやはり人手はいらない。自動で握られて出てきたすし飯に、寿司ネタを乗せるだけで良いため、アルバイトで十分やっていけるのだそうだ。

こんなことを知ったら、回転寿司に行くのもちょっと興ざめだけど、時間が無いときには、やはり便利だ。それに、なんと言っても寿司は美味しい。
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