映画・アート・時代を読む

映画、演劇、アートの感想や批評、ときには日々の雑感を掲載します。

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季刊人間と教育 82号、6/10発売です。

2014-06-02 07:45:23 | Weblog

『季刊人間と教育』82号 巻頭言 

 この国の「かたち」(constitution=憲法)が大きく変えられようとしている。2012年4月自民党改憲草案が発表された。国防軍の創設、天皇の元首化、国旗国歌の尊重義務、個人の自由と諸権利の制限とその内容は「大日本帝国憲法」の再現と言っても過言ではない。さらに重大なのは、国家安全保障会議の設置、特定秘密保護法の制定、武器輸出三原則の緩和、集団的自衛権行使のための憲法解釈の見直しなど、改憲以前に改憲後の国家システムの構築を進めようとしていることである。これは、「誰も気づかないで変わった。あの手口、学んだらどうかね」という麻生発言そのままの動きである。

 日本を「戦争できる国」にするためには、軍隊の創設と国民の諸権利の制限だけでなく、戦争遂行を積極的に支持し、それに協力する「国民精神の涵養」が必要である。そこで安倍政権は、国家安全保障戦略の柱の一つに「国と郷土を愛する心を養うこと」すなわち「愛国心教育」の推進をかかげた。「愛国心」は改定教育基本法に示された教育目標でもあるから、これは学校教育が国防戦略の一部に組み込まれたことを意味する。また自民党は、今期通常国会に、教育委員会制度の改悪に加えて、「教育再生推進法案」の提出を企てている。その目的は、「愛国心」を重視する改定教育基本法の理念の実現であり、そのために「教育内容の適正化を図る」としている。それは、すなわち道徳や社会科をはじめとする各教科内容を、「愛国心教育」を推進するものに「適正化」するということである。

教育改革を通じた「戦争できる国」づくりの動きにわれわれはどう抗すればよいのか。それはまず日本国憲法がめざしてきた「この国のかたち」を再認識することから始めなければならない。そして第一次安倍政権が教育基本法から抹消したあの言葉を想い起し、その意味をかみしめることから始めたい。「この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである」。

『季刊人間と教育』82号、間もなく発売です。1190円(税別)

 

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裁判所 大飯原発の再稼働認めず!

2014-05-25 11:04:26 | 原発

 

久々の投稿です。

大飯原発訴訟で、歴史に残る名判決が出ました。

原子力ムラとそれと結びついた安倍政権の原発再稼働の動きに痛手となるはずです。

以下に詳細のブログアドレスと判決の抜粋を記します。 

 http://blog.goo.ne.jp/mayumilehr/e/c23cee97b8aefb95b510b0505f9c6072

 

・・・他方、被告は、本件原発の稼動が、電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と、電気代の高い低いの問題等とを、並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことである、と考えている
このコストの問題に関連して、国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止によって、多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土と、そこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが、国富の喪失であると、当裁判所は考えている。

また、被告は、原子力発電所の稼動が、CO2排出削減に資するもので、環境面で優れている旨主張するが、原子力発電所で、ひとたび深刻事故が起こった場合の環境汚染は、すさまじいものであって、福島原発事故は、我が国始まって以来、最大の公害、環境汚染であることに照らすと、環境問題を、原子力発電所の運転継続の根拠とすることは、甚だしい筋違いである。

10 結論

以上の次第であり、原告らのうち、大飯原発から250キロメートル圏内に居住する者(別紙原告目録1記載の各原告)は、本件原発の運転によって、直接的に、その人格権が侵害される具体的な危険があると認められるから、これらの原告らの請求を認容すべきである

福井地方裁判所民事第2部

裁判長裁判官 樋口英明

裁判官 石田明彦
裁判官 三宅由子

 

 

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大学で今何が起こっているのか。『人間と教育』新刊出ました。

2013-12-08 08:33:23 | Weblog

 特定秘密保護法の影響は大学の学問研究にも及ぶでしょう。

大学ではすでに様々な統制が進んでいます。『季刊人間と教育』は大学の今を特集しています。

お求めはネット書店が便利です。税込1250円

 

特集〉〈ウニベルシタス〉の崩壊-いま大学に何が起こっているのか

 大学の現場にいてつくづく思うのは、この十数年のあいだに大学あるいは大学教育の場が大きく変質してしまったということである。世間からは隔絶された、ゆったりとした時間と開放的な空間のなかで、自由な研究と教育、議論が保障された「公共空間」としての大学のイメージは、もはやノスタルジーの彼方へと追いやられてしまった。「アカデミック・キャピタリズム」の進行のもとで、今や、競争と評価、管理と統制の空間へと変質してしまった大学は、上から次々と押し寄せてくる「改革」、「カイゼン」の要求に対応することに追われている。そして個々の教員、研究者も、泳いでいなければ死んでしまうマグロのように、PDCAというサイクルをこぎ続ける。

今日の大学運営を動かす原理は、個々の大学の理念や哲学でもなければ、構成員の総意でもなく、国家が決定した目標、プラン、基準である。教育基本法改定によって、それは議会の同意もなく、政府が自由に策定できることになった。国家目標の達成度あるいは国家基準への適合度は、第三者評価機関を通じてチェックされ、運営交付金や補助金の額にも影響を与える。そのため、審査を受ける大学は、あらかじめ直近の中教審答申などの政府文書を読み込み、そこで示された国家の意図に忠実な管理運営や教育の仕組みを準備することに躍起になる。そして、もし国家の期待に応えるものになっていなければ、それをどう改善するかが求められる。そこには国家の政策意図を個々の大学、教員に貫徹させるためのPDCAサイクルが作動している。

しかし大学はそれぞれに多様な個性をもつことに意義があり、一律の基準で統制することにはなじまない。また国家の大学への要求は、大企業の利益追求に奉仕することにあまりに偏っており、それは学問と教育の条理に反する。それゆえ現場からは当然のごとく反発が出る。それを抑え込み、国家の意図を貫徹するための手段が「学長のリーダーシップ」である。さらにそれを徹底させるために、「教育再生実行会議」第三次提言では、学長選挙の廃止、教授会権限の剥奪がうたわれている。

また近年、「大学教育の質保証」の名のもとに、シラバスのチェックを通じた、個々の教員の教育内容、教育方法、評価方法への露骨な介入が行われている。とりわけ教員養成課程では、「資格としての標準性」を口実に、課程認定や視察の機会を利用した教育内容と教育方法のチェックが微に入り細に入り行われている。

 ほんらい真理探究の場としての大学には、国家権力をも批判の対象としうる自律性、独立性が担保されていたはずである。ところがいまや国家への「忠誠競争」下にある大学の内部では、成果主義、競争主義あるいは利益優先主義の空気が蔓延し、真理・真実の探求という学問研究の根幹にかかわるその社会的役割が揺らぎ始めている。たとえば「原発ムラ」を守るため、科学者としての社会的責任を放棄し、国民を欺き続けた研究者たちの姿は記憶に新しい。医学や生命科学の分野では、論文ねつ造、データ改ざん、「不正」の産学連携など、深刻なモラル・ハザードを引き起こしている。

そもそも大学は、中世ヨーロッパにおいて学生あるいは教師の同業組合=ウニベルシタスとして誕生したと言われている。つまり研究者や学生が自主的に集い、専門の教師を招いたり、学生を集めたりしてつくった自治組織が大学の起源である。そのとき、大学の自治は、権力者の意向に左右されることなく、真理・真実を探求することを保障するための不可欠の要件であった。

今や〈ウニベルシタス〉は崩壊してしまった。その崩壊の現場で何が起こっているのか。そして、その中から大学の研究・教育はいかにしてその自由をとりもどすことができるのか。本特集を機会に、大学の現状、あるべき姿をめぐって国民的論議を巻き起こしたい。

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民主主義を否定し、秘密国家へと突き進む自民党安倍晋三の正体が見えた。

2013-12-07 08:18:50 | Weblog

12月6日、11時20分頃、参議院で「特定秘密保護法」が強行採決された。きわめて問題含みの法案でありながら、異例の短期間で審議可決された。

この法律の施行によって日本社会は大きく変質することになる。北朝鮮なみの秘密国家だ。

官僚が恣意的に秘密の指定を増やせる余地があり、国民は何が秘密にあたるのかすら、知ることができない。

 民間人や公務員が「(国民には何だかわからない)秘密」を漏らした場合、罰則は懲役10年。公務員に加え、省庁と契約している民間業者も対象になる。秘密を扱う人物は適性評価を受ける必要があり、思想調査、家族の国籍や経済状況、飲酒の節度まで調べられ、プライバシーが侵害される。

安倍は、国会答弁で、秘密指定の妥当性チェック機関として「保全監視委員会」と「情報保全監察室」の設置を突然表明。政府内に置かれ、「身内」の官僚がスタッフとなるため、第三者的なチェック機能は期待できない。

 秘密の有効期間は、政府案の「原則30年」から修正案で「原則60年」に後退。例外として「政令で定める重要な情報」など7項目も設け、60年を超えて秘密のままにできる。さらに破棄も可能である。国民に知られたくない情報は歴史から永久に葬り去られる。

これはどう考えても民主主義国家にふさわしい法律ではない。

戦争を行うためには、憲法9条をなくすだけでは足りない。市民の知る権利を奪い、言論を封殺することが不可欠だ。

そのための法律が成立したのだ。

今からでも遅くない。秘密法の施行を許さない世論を喚起し、国民世論を軽視する安倍晋三を退陣に追い込もう。

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日本の民主主義が問われている。「不特定」秘密保護法は廃案に!

2013-12-04 22:25:35 | Weblog

特定秘密保護法案に反対する学者の会

声明です。

 

国会で審議中の特定秘密保護法案は、憲法の定める基本的人権と平和主義を脅かす立法であり、ただちに廃案とすべきです。

 特定秘密保護法は、指定される「特定秘密」の範囲が政府の裁量で際限なく広がる危険性を残しており、指定された秘密情報を提供した者にも取得した者にも過度の重罰を科すことを規定しています。この法律が成立すれば、市民の知る権利は大幅に制限され、国会の国政調査権が制約され、取材・報道の自由、表現・出版の自由、学問の自由など、基本的人権が著しく侵害される危険があります。さらに秘密情報を取り扱う者に対する適性評価制度の導入は、プライバシーの侵害をひきおこしかねません。

 民主政治は市民の厳粛な信託によるものであり、情報の開示は、民主的な意思決定の前提です。特定秘密保護法案は、この民主主義原則に反するものであり、市民の目と耳をふさぎ秘密に覆われた国、「秘密国家」への道を開くものと言わざるをえません。さまざまな政党や政治勢力、内外の報道機関、そして広く市民の間に批判が広がっているにもかかわらず、何が何でも特定秘密保護法を成立させようとする与党の政治姿勢は、思想の自由と報道の自由を奪って戦争へと突き進んだ戦前の政府をほうふつとさせます。

 さらに、特定秘密保護法は国の統一的な文書管理原則に打撃を与えるおそれがあります。公文書管理の基本ルールを定めた公文書管理法が二〇一一年に施行され、現在では行政機関における文書作成義務が明確にされ、行政文書ファイル管理簿への記載も義務づけられて、国が行った政策決定の是非を現在および将来の市民が検証できるようになりました。特定秘密保護法はこのような動きに逆行するものです。

 いったい今なぜ特定秘密保護法を性急に立法する必要があるのか、安倍首相は説得力ある説明を行っていません。外交・安全保障等にかんして、短期的・限定的に一定の秘密が存在することを私たちも必ずしも否定しません。しかし、それは恣意(しい)的な運用を妨げる十分な担保や、しかるべき期間を経れば情報がすべて開示される制度を前提とした上でのことです。行政府の行動に対して、議会や行政府から独立した第三者機関の監視体制が確立することも必要です。困難な時代であればこそ、報道の自由と思想表現の自由、学問研究の自由を守ることが必須であることを訴えたいと思います。そして私たちは学問と良識の名において、「秘密国家」・「軍事国家」への道を開く特定秘密保護法案に反対し、衆議院での強行採決に抗議するとともに、ただちに廃案にすることを求めます。

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TPPとEPA 加速する貿易自由化と日本の破局

2013-11-20 21:56:49 | Weblog

安倍首相は19日午後、首相官邸で欧州連合(EU)のファンロンパイ大統領、バローゾ欧州委員長と会談。日・EU間の経済連携協定(EPA)交渉について、首脳は「可能な限り早期締結に向けた決意」を表明し、交渉加速に向け、関税を撤廃する品目リストの交換を速やかに行うことで合意した、時事通信が報じました。

 TPP交渉のどさくさに紛れて、安倍内閣はいつのまにかEU諸国との貿易自由化を進めていたようです。そもそもTPPなど貿易自由化交渉は、アメリカの外圧によって仕方なしに始まったわけではありません。それは日本の経済界の悲願であり、彼らに日本の国土や農業の未来について考慮するつもりなどさらさないのです。

では、自由化は日本の経済全般にとってバラ色なのか、それもほとんど幻想にすぎません。戦後、石炭と木材の輸入自由化によって、炭鉱と林業は崩壊しました。同様に、米作を含む日本の農業も大半が崩壊していきます。

EUを見てください。通貨統合を含む圏内でのラディカルな規制緩和によって、ドイツが一人勝ちし、その一方で財政破たんしたギリシャをはじめ負け組国家が次々と生まれました。そこに待っているのはEUから押し付けられた財政削減によるさらなる国民の貧困です。「自由化」あるいは「規制緩和」とは、競争によって、強いものが生き残り、弱いものが滅んでいくことを認めるということです。「規制」とは「保護」の言い換えであり、「規制緩和」とは「保護」の撤廃を意味するのです。

ヨーロッパで誕生した資本主義はもともと「神の見えざる手」というアダム・スミスの理論に導かれ、徹底した自由化を志向してきました。しかしそれは一部の人間の富の蓄積を可能にするとともに一般庶民、労働者を貧困へと突き落すものでした。当時イギリスに生まれたマルクスは、人々の悲惨な生活状況を目の当たりにするなかで、スミスを徹底的に研究し、資本主義のメカニズムを明らかにしました。このマルクスの理論は後世に大きな影響を与え、「生存権」という新たな人権が登場し、ケインズの修正資本主義と福祉国家論が資本主義国家の政策を主導するようになりました。

しかし、80年代に入り、国家財政の「健全化」を口実に、福祉国家の理念は大きく後退していきます。その代わりに登場したのが、ハイエクやフリードマンといった経済学者によって唱えられた「新自由主義」という考え方です。彼らは、全体主義へのトラウマのゆえに、国家によるコントロールをすべて悪とみなしました。人間にとって「自由」こそが理想であり、それは経済活動においても同様だと。

社会主義国家の崩壊が、さらに新自由主義を勢いづかせました。福祉国家論はマルクスの社会主義理論を理念的出自とするからです。さらにインターネットの登場によって経済のグローバル化が一挙に進みました。これまで国内を主な市場として来た企業も、海外に行けば儲かるぞと次々に市場(消費市場も労働市場も)を海外に求めるようになりました。企業にとっては縮小する一方の国内市場よりは海外の方が魅力的であり、日本の資本主義がそこに活路を見出そうとするのは、ある意味で仕方がないという主張も成り立つでしょう。しかしそれは企業が国を捨てる、国民を捨てるということを意味します。経済活動をコントロールできるのは国家だけですが、国家はみずからその権限を放棄して、「自由」にまかせるわけですから、国家と企業の権力関係は逆転することになります。グローバル化した個々の企業は、世界を自由に動き回るために、国家よりも上位に立ち国家の規制を取り払うように圧力をかけている。これがTPPをはじめとする貿易自由化交渉の本質です。

それに対して、グルーバル化した日本企業が儲かれば、国民に還元されるのではないか、という反論があるでしょう。しかしそうではありません。企業がグローバル化したい理由の一つは、人件費などのコストを削減したいからです。ですから日本から雇用がどんどん逃げていきます。そうすると日本人はどんどん貧乏になるので、消費市場としても魅力がなくなります。そうすると国民からの税収も減るので、国家はさらに福祉予算を削減せざるをなくなります。こうして国内に貧困の負のスパイラルが生まれるのです。

でも企業が儲かれば、税収は増えるのではないかと考える人もいるでしょう。しかしこれも誤りです。グローバル企業は、できるだけ税金の安いところに移動するからです。安倍首相が企業減税を主張する理由の一つはここにあります。日本を含む世界の金持ちや企業は、「タックス・ヘブン」(税金天国)と呼ばれる国々に移って税金逃れをしています。グローバル企業は脱税の智恵もいろいろ持っていて、日本で大儲けしているあのアマゾンは、日本に事務所を置いてないという理由で、日本では税金を払っていません。他方で日本の大企業も海外事業を理由に国内で税金を逃れています。

経済のグローバル化は、国内から雇用を奪うだけでなく、税収も奪っているのです。こうしてグローバル化した日本企業は、自らの利益を最適化するために世界中を移動するとともに日本を見捨てるのです。

 よって、われわれ日本国民はTPP反対を訴えるだけではだめなのです。グローバリズムに反対し、それをのり越える別様のビジョンを作り出し、世界を変革していかなければならないのです。私はそれを「ガラパゴス礼賛」というテーマでで構想しようと考えています。それはまた次回に。

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TPP、秘密保護法―「美しい国」ではなく「恐ろしい国」へ

2013-11-19 09:08:47 | Weblog

TPP交渉において、米国が日本に米を含むすべての輸入品の関税をなくすよう求めている。これを受け入れれば、日本の農業は壊滅する。戦後、輸入自由化で、日本の炭鉱や林業が崩壊したように。メディアもその片棒を担ぎ、自由化を契機に「民間活力で農業の競争力をつける」などできもしないことを叫んでいる。もしほんとにできるなら、まず林業の復活をやらせればいい。

米は、日本人の主食であると同時に、江戸時代までは国家財政を支える「税」(年貢)であった。また「田園」は日本固有の風景として歴史的に維持されてきた。その意味で、米作には、日本固有の文化的、地理学的意味が存在する。「愛国心」を語る安倍内閣が日本の伝統そのものを滅ぼそうとしているのだ。

国会での情勢が緊迫している「特定秘密保護法」も、日本社会を監視・管理国家に変える危険な「国民弾圧法律」である。法案では、「特定秘密」と言いつつも、それが何かを自由に解釈することができる以上、情報の恣意的な制限、それを保護するための国民の監視と弾圧が可能になる。その意味で戦前の「治安維持法」に匹敵する危険な法律である。

「美しい国」を掲げる安倍晋三のつくろうとしている国とは、国内農業が失われ、国民が監視・弾圧され、そして「改憲」によって戦争へとかりだされる、そんな「恐ろしい国」である。

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映画「そして、父なる」が世界を唸らせた理由

2013-10-18 16:25:18 | Weblog

これは、赤ん坊の取り違え事件によって、6年間大切に育てた子を取るか、それとも血のつながった「本当の子」を取るか、究極の選択を迫られた父親の葛藤と成長の物語である。

しかし、それを稀有な事件を扱った特異な物語として理解してはならない。

日本では、3組に1組の夫婦が離婚し、結婚したカップルの4組に1組が再婚と言われている。アメリカでは、カップルの半数が離婚し、その75%が再婚するという。主人公たちの抱える苦悩と葛藤は、今日の多様化した親子関係がはらむ問題と地続きなのだ。

物語の終盤、福山雅治扮する父親は、この悲劇に見舞われたもう一人の存在の視点に気づく。それは子供の視点だ。自身の葛藤がどこまでも親のエゴに根差すものにすぎないことに気づいた主人公が最後にくだした結論、それはラストに映し出される情景によって象徴される。

それは、新たな家族のかたちへの予感と同時に、さらなるもう一つのメッセージを提示する。

富める者と貧しいき者、両極に分断された世界がひとつになることへの願いだ。

本作が世界の映画人を唸らせた理由はここにある。

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みのもんた関連続報とお詫び

2013-10-02 22:13:15 | Weblog

前回のみのもんた氏の息子さんの事件ですが、本人が自供したとのこと。

今のところ、自白した以上、その冤罪性を第三者のわれわれが主張することはできませんね。

ということで前回の主張の一部をお詫びとともに撤回させていただきます。

 

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次男逮捕は冤罪かも。みのもんた、反原発頑張れ!

2013-09-18 17:00:22 | Weblog

みのもんた氏の次男逮捕、ただどうみても動機が見当たらないし、本人も全面否認。指紋も見つかっていないとか。

これは冤罪ではないかと思ってところに、知り合いから、みのもんた氏がラジオで福島原発に行くことを公言していたという情報が入った。

最近、反原発派の芸能人、マスコミ関係者のスキャンダルが続いている。不思議である。

そんなときに

ゆかしメディア「みのもんた次男逮捕に原発がらみの陰謀論?」(9/17)という記事が目に留まった。

原発に関わるみのもんた氏の発言を詳しく紹介しながら、記者はこうまとめている。

「みのさんの場合にしても真相はわからないが、次男の事件があまりにも不可解な点と、4号機の取材の直前というタイミングが、世間から「陰謀論」という疑惑の目を向けられるきっかけとなっていることだけは間違いないだろう。」

みのさん、頑張れ! マスコミから消されても、山本太郎議員とともに、原発のない社会づくりの救世主となることを期待する。

みのさんの発言は以下を参照ください。 

https://www.youtube.com/watch?v=06A31QILeBM#t=31

 

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