サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

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六本木野獣会/大原麗子(女優)/62歳

2009年08月07日 | 毎日がメメント・モリ


大原麗子さん自宅で死去=2週間超経過、病死-東京


8月6日21時49分配信 時事通信


 6日午後7時すぎ、東京都世田谷区にある女優大原麗子さん(62)の自宅で、大原さんが死亡しているのが見つかった。警視庁成城署によると、2階寝室のベッドの上であおむけになっており、死後2週間以上が経過していた。病死とみられる。
 同署によると、3日、大原さんの弟が電話で「2週間ほど前から姉と連絡が取れない」と相談。同署員と弟が自宅を訪ねたが、鍵がなく入れなかった。6日午後6時半ごろ、弟が同署を再び訪問。同署員と共に自宅で遺体を発見した。
 大原さんは東京都出身。1964年、NHK「幸福試験」でデビューし、翌年に東映に入社。映画「孤独の賭け」「網走番外地」などに出演し、人気が出てくるとテレビドラマにも進出。日本テレビ系の「雑居時代」やNHKの「勝海舟」などに出演する一方、洋酒CMでの「すこし愛して、ながーく愛して」のせりふは流行語になった。
 その後も渥美清さん主演の映画「男はつらいよ」のマドンナ役や「おはん」「新・喜びも悲しみも幾年月」などで好演。89年にはNHK大河ドラマ「春日局」で主演し、現代物も時代劇もこなせる女優として確固たる地位を築いた。91年に「男を金にする女」で舞台デビューを果たし、活動の軸を舞台に移した。
 私生活では、73年に俳優の渡瀬恒彦さんと結婚したが5年後に離婚。80年に歌手の森進一さんと再婚したが、84年に離婚した。近年は、筋肉を動かす神経に障害が出る難病ギラン・バレー症候群を患い、芸能活動から遠ざかっていた。

大原麗子といえば、僕などからみると、六本木野獣会である。
僕より6歳ぐらい上になるが、田舎の中学生になるかならぬかの僕は、姉貴の芸能情報誌をこっそりと持ち出し、当時高校生であった田辺靖男が結成し、井上順、峰岸徹、加賀まりこそして大原麗子ら、30人ぐらいのお坊ちゃん、お嬢ちゃんの「キャンティ」などにたむろした遊び人たちの噂話を、「都会だねぇ」などと憧れていたものだ。

大原麗子はいくつになっても、可愛らしく、オキャンな容貌であった。
わがままでもあったろうし、寂しがりやでもあったろう。
2000年ごろに、ギラン・バレー症候群にかかったということで、まったくそんな病気は知らなかったので、あわてて調べたものだった。
指定難病であり、四肢に力が入らなくなる病気だ。
昨年、自宅で転んで大怪我をしたのも、やはりこの病気によるものかもしれない。

「すこし愛して、ながーく愛して」
世の男どもは、単純に、自分に囁かれているように、妄想した。
金麦の「待ってるから・・・」に、鼻の下を伸ばしたのと同じように。

死後2週間・・・寂しい話だが、それは芸能アイドルであろうが、僕たちであろうが、誰にだってありうることだ・・・合掌! 
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