サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

336日目「奇怪紳士!怪獣博士!大伴昌司の大図解展(弥生美術館)」東大前

2012年09月23日 | 姪っ子メグとお出かけ

姪っ子メグ おじさん、アメリカ版の3Dゴジラ上映まだ未定なの?
キミオン叔父 日本側のプロデューサーの知人の情報に拠れば、 脚本をいろいろ書き換えていて、結局2014年になりそうだな。この夏、アメリカのコミコンでサプライズで一部「特報」が上映されて、会場が大騒ぎになったみたい。これからいろいろ、小出しで、話題づくりを仕掛けていくんだろうな。
あたしは、怪獣とかSFとか宇宙都市とか好きなんだけど、やっぱり男の子の文化よねぇ。
そうだねぇ、だいたい少年雑誌と少女雑誌とでは、とりあげる話題がまったく違うからさ。ファンタジーとか異界の世界では、漫画家やライトノベルのおかげで、女の子とかがぐんと興味を持ったけどさ。
萩尾望都さんが代表格よね。でも怪獣モノじゃないしねぇ。
決め付けるわけじゃないけどさ、女の子がままごと遊びをしている時に、男の子たちは秘密基地ごっこをやってたわけだ。「20世紀少年」みたいに。
ときどき、そんな空間に女の子が混じるのね。「20世紀少年」のカンナみたいに。あたしはそっちだな(笑)
宇宙の分野や考古学の分野はだいぶん女子も出てきたでしょ。でも生物学はあってもあんまり昆虫好きの女の子っていないでしょ。
だけどさ、「虫愛でる姫君」もいることだし・・・。




さて、今回の弥生美術館、これもう、おじさんのための企画みたいなもんじゃない。
わかる?感涙ものだよ。大伴昌司は、「怪獣博士」って言われるけど、もう僕らの少年時代の神様みたいな人。一番活躍したのは1960年代の半ばから70年代の前半にかけて。オジサンが中学生から高校にかけてかな。少年雑誌の巻頭グラビア、図解記事の企画・構成・レイアウトなどなんでもござれのヴィジュアルプランナーだった。
「一枚の絵は一万字にまさる」って名言ね。円谷プロの怪獣たちの設定なんかをやっちゃうのね。性格付けや体内構造を自分で想像したりして図解する。すごいね。その後のゲームのキャラの初期設定なんかも、この人の影響を受けているんじゃないかしら。
図解の世界っていっても怪獣だけじゃないの。「宇宙家族ロビンソン」や「サンダーバード」や「原子力潜水艦シービュー号」や僕らが夢中になってみた特撮テレビ映画や、宇宙やUFOもの、ミステリー、怪奇ホラー、SF、未来都市・・・すべての分野にオジサンたちを導いてくれた。
オジサンの少年時代って、SFもミステリーも怪奇モノもいろいろ雑誌も嵌ってと言ってたけど、大伴さんの世界からだったのね。
ほんとにそうなの。で彼が想像で書いた「秘密基地」や「怪奇の館」の図を挿絵にするのが、これまた石原豪人や南村喬之や水気隆義や柳柊二や・・・。
石原さんしかしらないよぉ(笑)。みうらじゅんも自分のルーツだって激賞してるね。そういえば、「マイブーム」もここからきてるよね。
大伴昌司の本名は四至本豊治っていうんだけど、彼が二歳のときお父さんが政府の要望でメキシコに赴任するわけ。で、幼い豊治少年も4年間メキシコで過ごし、いろんな遺跡に連れて行ってもらったりするわけ。お母さんが社会運動に関わった記者だし、お父さんはもともとアメリカで日系人向け新聞社に勤務していて、ベストセラーも書いたジャーナリストなんだ。で、小学校時代の家庭教師が宇宙や天体観測の話をしてくれたり、高校の時、後のSF評論の神様の一人の紀田順一郎と親友になったり・・・で、自分の好きな雑誌を自分たちで自家版で出していったりする。
でも、自分のことはほとんど秘密にしていたみたいね。レコード、古書、アメコミ、パルプマガジンなんかをコレクションしていたようだけど、大伴さんお得意の「秘密基地」の図解のように、自分のプライバシーは「秘密」にしてたのかもね。
1973年に急逝する。まだ36歳だよ。
残念よねぇ。生きていたら・・・といってもしょうがないけど。
オジサンさ、学生時代の教科書って、ほとんどラクガキばかりなんだけど、大伴さんの図解をさ、思い出しながら、自分でもっと妄想を拡げたへたくそな絵ばかり描いてたなぁ。ずっと、金縛りで白昼夢ばかり見てたんだけどさ、やっぱ、無意識に大伴さんが描くちょっと怪しい世界に引きずり込まれていたんじゃないかなって、今になると思うよ。
そうか、でも少年期に大伴さんのワンダーランドに出会って、よかったね、おじさん。
 


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