サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 08326「ダージリン急行」★★★★★★★☆☆

2008年09月04日 | 座布団シネマ:た行

魅惑的なインドを舞台に、大人に成り切れない3兄弟が列車での旅を繰り広げるヒューマン・コメディー。監督は『ライフ・アクアティック』のウェス・アンダーソン。主人公の3兄弟をアンダーソン監督の盟友オーウェン・ウィルソン、『戦場のピアニスト』のエイドリアン・ブロディ、『マリー・アントワネット』のジェイソン・シュワルツマンが演じている。とぼけた笑いと温かい感動に満ちた、アンダーソンならではの作品世界が魅力だ。[もっと詳しく]

ハリウッドでも、良質な映画の送り手たちの、世代交代は確実に進んでいる。

ウェス・アンダーソン監督に対する賛辞は、大御所であるマーチン・スコセッシ以下、多くの映画関係者が表明している。
高校時代から自主映画を製作していたこの青年は、独特のユーモアと風刺の精神を持っている。
69年生まれだから、まだ40歳足らずだろうが、インディペンダントの期待の星である。
この監督と似ているなぁと思うのは、「イカとクジラ」(06年)の監督・脚本のノア・バームバックだ。
都市のインテリ一家に巣食っている自己顕示、不信、皮肉、傷つけあい・・・それらがある意味温かく、ある意味救いようもなく容赦ないタッチで描かれている。
バームバック監督も、父親は作家、母親は評論家そんなインテリの両親の離婚を観察しながら、自分たちの漂泊するかのような意識を、冷静になかば虚無的に対象化している。
彼は、ウェス・アンダーソン監督と同じく、69年生まれだ。



あとから、気づいたことなのだが、「イカとクジラ」のスタッフリストを眺めていたら、このウェス・アンダーソン監督が、製作で名前を連ねている。なるほど。
それだけではない。
バームバック監督の最新作は、日本未公開だがDVDとしては発売されている「マーゴット・ウェディング」(97年)。
ニコール・キッドマン扮するマーゴットは、妹であるポーリン(ジェニファー・ジェイソン・リー)の結婚式のために、マンハッタンからロング・アイランドまで息子を連れて、旅行してくるのだが、この姉妹の関係が、仲がいいんだか悪いんだか、最初から最後まで、罵りあったり、告げ口をしたり、ハグしあったり、慰めあったり・・・感情の起伏に、忙しいのである。
この姉妹の神経過敏な苛々するような関係は、まさに、ウェス・アンダーソン監督の本作における、ホイットマン兄弟、すなわち長男のフランシス(オーウェン・ウィルソン)、次男ピーター(エイドリアン・ブロディ)、三男ジャック(ジェイソン・シュワルツマン)と瓜二つなのである。



女姉妹と男兄弟という違いはあるが、互いに相手を辛辣に見る癖がついている。
性格はそれぞれ違うのだが、まるで相手に自分の嫌な性格を発見して、自己防衛的に機先を制して、主導権をとろうとでも言うように・・・。
とくに、相手がいないところで、「絶対に自分がしゃべったことを言ったら駄目」と念を押しつつ、相手の弱味や秘密をペラペラとしゃべってしまうところだ。
相手にそのことを詰られると、すぐに話題を変えて、誤魔化してしまうのだが。
このあたりの、兄弟・姉妹の、関係が近いからこそ意地悪にもなるような描き方が、このふたつの作品はそっくりなのだ。



僕には4歳上の兄と3歳上の姉がいる。
兄弟・姉妹の関係は家族によりさまざまなんだろうが、僕には「ダージリン急行」にしろ「マーゴット・ウェディング」にしろ、こんなに腹の探り合いをしながら、露骨に罵倒しあい、あるいはこの世界でわかりあえるのは自分たちだけだといったように手のひらを返したように信頼しあう関係というのが、まるで実感できない。
だいたい、なにをあそこまで饒舌に、喋りあうことがあるのだろう、と。
僕は兄とも姉とも、そんなに親しく口を利いたことがない。
もちろん親近感はあるのだ。
照れくささなのか、苦手意識なのか、そんなことをわざわざ口に出さなくてもといった遠慮のようなものなのか・・・。
兄も姉も、なんとなくそういう体温は、共通している。
それは、欧米と日本との違いかもしれないし、僕の家特有のある種の共同性の質のようなものだったのかもしれない。
だから、たとえば、「ダージリン急行」のこの3人の、大人になりきれない滑稽な関係を見るにつけ、あるいは「マーゴット・ウェンディング」の周りを閉口させるような、意地悪な告げ口の応酬をみるにつけ、逆にないものねだりの羨ましいという感情さえ、起きてくるのである。



「ダージリン急行」は、離れ離れになっていた三兄弟が、長男のフランシスの呼びかけで、ダージリン急行のホイットマン一行と名札が張られた客室に集合するところから始まる。
フランシスは、顔に包帯を巻きつけている。どうやら交通事故で一命をとりとめたらしく、兄弟で「心の旅」をしたかったのだという。助手のブレンダンを別の客室に同行させ、細かく旅の旅程をマネジメントさせている。
ピーターは、7ヵ月半になる身重の妻アリスを気遣いながらも、妻との意見の相違に悩んでいる。
ジャックは、作家であり、自分の家族のことをいつも観察している。女たらしのところがあり、喧嘩別れした恋人の留守電を気にしながら、列車のアテンダントにすぐにちょっかいを出したりする。



つねに場面を仕切りたがるフランシスは、インド北西部の砂漠地帯を走るこの小旅行で、「心の旅では仲間割れをしないこと、聖人をのけ者にしないこと」などいくつかの協定を持ち出すことになる。
その協定は、次の瞬間には性懲りもない諍いで、危うくなったりもするのだが・・・。
けれどどうやらこの小旅行の本当の目的は、ヒマラヤの修道院で尼僧になってしまい、父親の葬儀にも戻ってこなかった母親に逢って、真意を質すことにあるらしい。
途中一行は、小さな馬鹿げたドタバタ劇やあるいは厳粛な小さな村での葬儀という経験をしたあと、三人は母親に再会することになる。
母親はわざわざやってきた子どもたちに呆れながらも、「過去を引き摺っていてもしょうがないじゃない」とあっけらかんと言い放ち、翌朝黙って、子どもたちを残して、出かけてしまうのだ。
子どもたちは、ようやくいまさらの様に、自分の自立をかみしめざるをえない。
ラストシーン、発車する「ダージリン急行」を追いかけながら、3人はそれまで持ち歩いていた重たそうな鞄をそれぞれ、ホームにすべて投げ出して、身一つで列車に飛び乗る。
父親の思い出の品が入った鞄も、同じように放り投げて、晴れ晴れとした笑顔で・・・。



とてもよく出来た映画である。
ビル・マーレイやナタリー・ポートマンがカメオ出演のように、さりげなく出演しているのも映画ファンには嬉しいサービスだ。
音楽もサタジット・レイの映画音楽を引用しながら、60年代から70年代のキングスやローリング・ストーンズのブリティッシュ・ロックを聞かせてくれる。
美術や撮影も、凝っている。とくに、冒頭、急行をホームで追いかけるシーンや、村の葬儀のシーンなどでの抑制のきいたスローモーション撮影は、効果的だ。
なにしろ、半分以上のシーンは「ダージリン急行」の中で撮影しており、特典映像などでみると、本物の列車を撮影用に大改造している様が、とても興味深い。
また、列車内のさまざまな小道具や美術も、ほとんどすべてがインドの職人たちの丁寧な手作りのものであるというのも、感心した。
最後に放り出されることになるスーツケースのデザインは、ルイ・ヴィトンのチーフデザイナーのマーク・ジェイコブズだということで、これもびっくりだ。
この作品の製作には、コッポラの息子であり才人であるロナン・コッポラも参加している。



こうしたハリウッドでありながらインディペンダントな精神を持ったスタッフたちは、おおむね40歳前後である。
彼らの父親の世代が、「偉大な」フランシス・コッポラであり、ウディ・アレンであり、ロバート・アルトマンであり、クリント・イーストウッドであり、ということなのだろう。
このハリウッドでも、映画の世界の世代交代は、着実に進んでいる。
それは、やはり、頼もしいことである。

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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
オカピーさん (kimion20002000)
2009-06-23 08:52:46
こんにちは。

>基本的に僕の肌に合わないんでしょう。

ああ、肌合いというのはありますよね。
アンダースン氏の世代は、反戦で燃えたわけでもなく、デジタル世界に移行するわけでもなく、ちょっと内向の世代なんですよね(笑)
弊記事へのTB&コメント有難うございました。 (オカピー)
2009-06-23 03:36:22
基本的に僕の肌に合わないんでしょう。
採点で言えば★X5~6くらいの間をうろちょろしていますね、W・アンダースン氏の場合。

同じ★X6でも日本未公開の「天才マックスの世界」は割合ピンときましたが、「ザ・ロイヤル・テネンバウムス」以降の作品は苦手意識があります。

しかし、ナタリー・ポートマンは好きなので、付属の短編も観たいです。
moriyuhさん (kimion20002000)
2008-09-18 01:02:12
こんにちは。
彼らなりに、ハリウッド独自の力学に、つきあったり、抗していたりするんでしょうね。
映画人としての系統を、ちゃんと受け継ごうという意思も感じます。
Unknown (moriyuh)
2008-09-18 00:32:57
こんばんは。TBありがとうございました。
お返しが遅くなりごめんなさい。

>こうしたハリウッドでありながらインディペンダントな精神を持ったスタッフたちは、おおむね40歳前後である。

私もそのように思えます。
同世代として「時代のセッター」の役割をひしひしと考えさせられる日々でございます。

sakuraiさん (kimion20002000)
2008-09-07 15:39:21
こんにちは。
ああ、もちろんついていましたよ。
まあ僕は、おまけ的にしかみなかったけど(笑)
微妙というのが、いいんじゃないですかねぇ。
DVDには (sakurai)
2008-09-07 15:30:54
あのよくわかんない、とってつけたような、ナタリー・ポートマンのこれ見よがしのお話はついてなかったのですか?
最初にあれ見せられて、ものすごいテンション下がってしまいました。
基本的にウェス・アンダーソン、微妙に好きです。この微妙というのがみそ。
決して、大好きではないです。
妙な醸し出す空気が、インドと合っていたかも。

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