サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 08286「夕凪の街 桜の国」★★★★★★★★★☆

2008年03月22日 | 座布団シネマ:や・ら・わ行

第9回手塚治虫文化賞新生賞、平成16年度文化庁メディア芸術祭漫画部門大賞を受賞した、こうの史代の同名傑作コミックを、『出口のない海』の佐々部清監督が実写映画化したヒューマンドラマ。広島原爆投下から13年後と現代に生きる2人の女性を通して、現在までに至る原爆の悲劇を描く。主演は、若手実力派女優の田中麗奈と麻生久美子。共演には中越典子、藤村志保、堺正章ら多彩な顔ぶれが集結。登場人物たちの人生や何気ない日常生活を通し、命の尊さを語りかけてくる。[もっと詳しく]

原作者であるこうの史代がスクリーン・トーンを使わずに、手描きの線に込めたもの。


こうの史代のマンガをみればすぐにわかることだが、定規を使って描いたような直線がまったくといっていいほどない。手描き風の、やわらかい、曲線を使っている。
スクリーントーンも使っていない。翳の部分は、ほとんどが、ペンで斜線を引いている。
口絵部分などのカラー頁は、淡い水彩絵の具で着色をしている。
やわらかいタッチなのだが、少女コミックの女性マンガの作風とは、明らかに異なっている。
どちらかといえば、男性マンガ家が描いた、作品のように見えることもある。
うまく言えないのだが、初期のちばてつやとか、60年代から70年代にかけての永島慎二の、描く少女や生活者を描くタッチに似ているような気がする。



こうの史代は1968年生まれである。
直接的に、家族に被曝体験者を持っているわけではない。
ただ、広島県西区で育ち、広島大学理学部に進んだこうの史代にとって、原爆が落とされた街で育ったという事実は、避けて通ることが出来ないのだろう。
漫画家としてのデヴューは1995年の「街角花だより」。この作品ですでに、現在に至る彼女の描線のオリジナリティは表現されていると、いってもいい。

「夕凪の街 桜の国」の発表は、2003年9月漫画アクション誌上である。
広島で被爆した女性の10年後を描く、読みきり作品「夕凪の街」として、掲載されたのだ。
「夕凪」とは、海岸地方において夕方に海風が陸風に変わるときに無風状態になることをいう。
その後、現代に生きる女性が、被爆者としての子供として生を受けた自分のルーツを見つめる「桜の国1部・2部」として発表された。それらを三部作とし、2004年10月に単行本となった。
その作品は、大きな反響を呼び、第8回文化庁メディア芸術祭大賞と第9回手塚治虫文化賞新生賞を受賞し、海外でも多くの国で、翻訳出版された。



原爆を主題にした漫画といえば、1000万部以上が出版されたと言われる中沢啓治の「はだしのゲン」が有名である。
実写、アニメ、テレビドラマ、ミュージカルなどにもなった。
また漫画好きな麻生太郎などの計らいで、漫画外交に利用されたりもした超有名作品である。
僕も、当然のことのように読んでいる。
1970年代前半の「週刊ジャンプ」誌上での連載だから、リアルタイムに体験している。
「夕凪の街 桜の国」は「はだしのゲン」から四半世紀後に発表されたことになるが、この作品も僕はリアルタイムで体験している。



中沢啓治は自らが被曝体験者であり、父や姉や弟を被曝で亡くしている。
実際に原爆による肉親の死に立ちあったかどうかは別としても、「はだしのゲン」は中沢啓治の自叙伝であることは間違いない。
徹底して、当時の状況が、執拗に呪いのように書き込まれている。
「夕凪の街 桜の国」には、回想シーンとして原爆時の逃げまどう自分や広島の市民のことが描かれてはいるが、そういうシーンはわずか数頁にしか過ぎない。
けれども、僕にとっては、「はだしのゲン」よりも、ある意味では何倍も、何十倍も、「原爆がアメリカによって落とされた」という事実を、怒りと哀しみで再認識させられるのは、「夕凪の街 桜の国」という、100頁にも満たない短編集のような、1冊のマンガ本によってなのである。
そして、そのことは、実写化ということでも同様に、「はだしのゲン」のそれよりも、今回の佐々部清監督の映画化作品の方が、はるかに心に沁みるのである。



映画の前半は、昭和33年が舞台。
平野皆実(麻生久美子)と母フジミ(藤村志保)は原爆スラムのあばら家でつつましく生きている。
皆実は建築事務所に勤めているが、同僚の打越豊から思いを寄せられる。
しかし、皆実は、原爆で父・姉・妹を亡くし、自分だけが生き残ってしまったという、負い目を持っている。
戦時中に水戸の叔母の家に疎開させ、そのまま養子となった(石川家)の弟の旭のことを、いつも案じている。
皆実は、自分だけが幸せになることは許されないとずっと思いつめてきたが、打越のひたむきさと、弟の旭の応援もあり、これからの生活を夢見たそのときに原爆症を発症し、闘病の後、若くして絶命する。
中盤は、同じスラムに住む少女で京花というおっとりした少女(フジミにいわせれば、ちいととろい子)と、フジミの面倒をみる旭のほほえましい交遊が描かれる。京花もまた被曝2世である。時間は経過し、大人になった京花と旭は、連れ添うことになる。
後半は、約半世紀後、東京に住む初老の旭(堺正章)が、家族に黙って広島への旅に出ることになる。娘の七波(田中麗奈)は心配して、友人の利根東子(中越典子)を誘って、ひそかに旭の後をつけることになる。
その七波に家族や自分のルーツが次第にみえてくる・・・。



「広島のある 日本のある この世界を 愛するすべての人へ」
と、原作も、映画もメッセージされている。
この作品は、反戦や反原子爆弾を声高に叫ぶものではない。
けれども、作品を通じて、半世紀以上にもわたる原爆がもたらした傷や痛みが、まだ癒えることはないことを、静かに熱く伝えている。

皆実は、たぶん職場ではほとんど原爆のことは口にださないでいる。
でも、家に帰る途中に、華やかなワンピースに目を留めては、「いや、自分はこんな洋服を着る資格はない」と思い決める。
皆実のこめかみと上腕部には、皮膚がただれた跡がある。スラム街から銭湯にいくと、身体を洗うほとんどの女たちにはどこかしらケロイドの跡がある。皆美は、さりげなくその跡を隠すために、前髪を垂らし、夏でも長袖を着ている。
京花を可愛がっていたフジミなのに、旭との結婚話には反対する。旭は、疎開で原爆を受けていないし、石川家に養子にやった。それなのに、被曝2世(赤ちゃんのときに被曝)の京花と一緒になって、苦労を背負い込むことはないのに・・・。
そして、京花も、血を吐いて、若くして亡くなることになる。



旭は広島で、皆実の縁の人たちを捜し歩いて、話を聞いていた。
もう、生きている人も少ない。年月だけが、経過し、一部の記念施設を除いて、近代的に復興した広島に、原爆あるいはその後の風景のよすがは、ほとんど残存していない。
旭の娘の七波は、幼くして母を亡くした男まさりのおてんばなキャラとして描かれているが、家では母親代わりをしてきたしっかり者でもある。原爆のことはほとんど話題にはされないが、記憶の隅々に、七波にも封印している風景がある。
七波の弟である凪生は、医者の卵だ。この職業を選んだのも、たぶん、自分のルーツが影響している。その凪生と職場交際する七波の親友である東子は、被曝の血筋である凪生との結婚を、両親から反対されている。



こうの史代は、この原作の登場人物の名前の一部に、広島の実際の地名をあてている。
たとえば平野は中区平野町、フジミは中区富士見町、皆実は南区皆実町、旭は南区旭・・・という具合に。
「どこかでお前の住む世界は、そっちじゃないという声がする・・・。うちは、この世におっても、いいんじゃろうか」
皆実は今も、背中におぶって逃げた妹の声にうなされる。
「生きとってくれて、ありがとうな」
打越がそういってくれるのが、ただただ嬉しい。
こんな儚げで健気で哀しい皆実は、しかし、少しだけ決意したようにしっかりと言い切る。
「原爆はあの日、落ちたんじゃのうて。アメリカによって、落とされたんよ」
七波は、どこかで伯母である皆実の想いを、受け継いでいくだろう。
あるいは、若くして死んだ被曝2世の京花おかあさんや、そのことをわかって結婚した旭お父さんのことを。



こうの史代は、定規やスクリーン・トーンを使わない。
その描写の一本、一本の翳を斜線で描く時、一本、一本に物言わず死んでいった人々の無念や哀しみを思いながら、それでも淡々と流れる日常の大切さを慈しみながら、静かに鎮魂をするかのように、丁寧にペンを動かしている。
その想いに、この映画作品のキャスト・スタッフたちは、よく応えようとしていると、僕は思う。







 



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26 コメント

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TB、ありがとうございます (kira)
2008-03-24 17:25:19
この作品は、昨年の邦画・マイベストに入れたほど
思い入れのある作品です。
こちらのレビューを読んで、久しぶりにあの日の感動が思い出されます。
この作品は、より若い世代にも観て欲しい、定期的に上映して
忘れてはいけないこと「被爆する」ということを
伝えて欲しいと願った事でした。
kiraさん (kimion20002000)
2008-03-24 17:32:00
こんにちは。
原作も映画も多くの人に見てもらいたいと思います。
僕は田中麗奈が大好きなんですが、この作品では、麻生久美子を見直しました。
こんにちは。 (hito)
2008-03-24 17:48:32
映画→原作の順に読みました。
私も原作の持つ柔らかさと温度が映画でも感じられ、とても原作に忠実に作られていると思いました。

どちらも涙涙・・たくさんのたくさんの人に見てもらいたい作品ですね。
hitoさん (kimion20002000)
2008-03-24 21:07:36
こんにちは。
原作自体が、告発調のものではないですね。
淡々とした日常の喜怒哀楽が描かれており、だから逆に、ふだんは押さえている怒りや哀しみが、胸に響きます。
kimon20002000さんへ (KGR)
2008-03-25 00:12:13
TB&コメントありがとうございました。

記事には書きませんでしたけど
反戦をことさら声高に叫ばなくても心に訴えることはできるんだなということと、
自分は知らなかったけど、被爆者に対する偏見、差別があった(ある)ということは感じました。
KGRさん (kimion20002000)
2008-03-25 00:34:43
こんにちは。
機会があれば、井上光晴さんの広島を舞台にした小説を読まれるといいと思います。
とても、複雑な、差別される側がまた差別をするという、やりきれない構造がよく描かれています。
TBありがとうございました (sakurai)
2008-03-25 13:49:39
佐々部監督のものすごくストレートなタッチが、この映画にはいい方の作用したと感じました。
黒木監督の描き方のほうにいつもシンパシーを感じるので、不安を抱きながら見たのですが、素直なエネルギーがとってもすとんと落ちました。
配役もとってもマッチしていたと思いました。
sakuraiさん (kimion20002000)
2008-03-25 15:09:15
こんにちは。
個人的には、黒木監督の方が好きですけどね。
佐々部監督は、わりと原作を大切にする方ですね。
台詞に託されたメッセージ (BC)
2008-03-25 21:40:13
kimionさん、こんばんは☆
トラックバックありがとうございます。(*^-^*

登場人物の役名は広島の地名をあてはめていたのですね。

命のつながり、そして家族のつながり。
一つ一つの台詞に託されたメッセージが印象深い作品でした。
BCさん (kimion20002000)
2008-03-25 21:53:15
こんにちは。
地名の件ひとつをとってもこうの史代さんの広島への謙虚な想い、亡くなった方たちへの鎮魂の想いが、感じられます。

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