サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

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mini review 08280「キムチを売る女」★★★★★★★☆☆☆

2008年02月22日 | 座布団シネマ:か行

中国北部の片田舎でキムチの露天商をして幼い息子と細々と暮らす韓国系中国人の女性の孤独と絶望をストイックな演出と詩情豊かな映像で綴る異色ドラマ。監督は、自身も韓国系中国人でこれが長編2作目のチャン・リュル。

「わたしのこころがゆっくり死んでいく」という主人公の哀切さ。

中国の若手監督で一番好きなのは、ジャ・ジャンクー監督だ。
中国山西省の小さな村で生まれたジャ・ジャンクーは、文革以降の、資本制に靡いていく地方都市の乾いた虚無感のようなものを、繰り返し繰り返し、描いている。
決して、ニュース発表などはされないだろう小さな出来事だけが生起する退屈な地方都市、天安門でも上海でも杭州でもない、あるいは民族色豊かな雲南やチベット自治区のようなところでもない。
そこに移動してくるたとえば劇団の面々。若者たちは、少しだけ異なる空気に触れることになるが、自分の殻を破ろうとして、悪戦する。



「キムチを売る女」のチャン・リュル監督は、長編2作目らしいが、僕は初見だ。
韓国系中国人だから、ほとんど吉林省に近くの方だ。延辺朝鮮族自治区もあるし、歴史的に言えば、高句麗国につながっている地域であろう。監督は、在中3世にあたるらしいが、200万人ほどの同胞が居るらしい。

主人公チュ・スンヒ(リュ・ユンヒ)は、息子チャンホ(キム・パク)といっしょに、故郷から遠く離れて、線路沿いの荒地に建てられた二軒の長屋風の建物に住みついている。
もう1軒には農閑期の出稼ぎで、春をひさぐ女たちが数人居住している。
スンヒの夫は、金に困って人殺しに手を染めたようだ。
スンヒは、胡瓜、白菜、大根などを調理して、得意のキムチをつくり、リヤカーに積んで、自動車工場の前などで、客が来るのをひたすら待っている。



同郷のようでもある技術者キムと懇意になったが、キムの妻に踏み込まれ、キムは苦し紛れにスンヒは売春していると当局に訴える。
監禁された取調室で、以前からスンヒに秋波を寄せていたワン警官もまた、抵抗できないスンヒを強姦するだけだ。
長屋の仲間たちも、警察に捕まった。
もう、スンヒの心を慰めるのは、息子チャンホしかいないにかかわらず、チャンホは事故で死んでしまう・・・。



特異な映像である。
カメラはほとんど固定されて、その前を絵画の構図のように、登場人物たちが、正面に立ったり、横切ったり、遠ざかったり、近づいたりする。
ほとんど会話はない。
主人公であるスンヒの表情はほとんど読み取れない。
移動する場合には、スンヒを背中越しに、カメラが追いかける。
もちろん、暴行やSEXや死が発生している。しかし、そのシーンは写されず、暗示されるだけだ。
唯一、息子の死を悟ったシーンでのみ、スンヒは正面から大写しにされ、その表情が読み取れる。
しかしそれも一瞬であり、焦点はボケて、次いでまた遠隔にフォーカスされる。
音楽はいっさい使われない。
というより、ひたすら生活の中で、カメラの位置に入ってくる(拾われる)音だけが、観客の耳に飛び込んでくる。
その音は、まさしくスンヒが聞いている音だ。
不毛の大地に黄砂が降り積もる・・・・。



男たちは滑稽だ。キムやワンが全裸で佇むシーンがある。
なんと、滑稽で、醜悪で、欲望まるだしで、うら悲しい姿なんだろう。
韓国系中国人への差別がある。子連れのわけあり女への好奇の目がある。むろん、搾取もある。
なにもかもなくしたスンヒは、幸せそうなカップルから結婚式用にキムチを特別注文される。
スンヒの心に憎悪が芽生える・・・。

ラストシーン。スンヒははじめてロングスカートを穿いている。
つまづきながら、家から出て、不毛の荒地を歩く。
線路に轟音とともに貨物列車が入ってくる。
観客は、もしかしたら、失意のスンヒは飛び込むのかな、と身構える。
通り過ぎた機関車のあと、なおもスンヒは駅舎に入り込む。
すると、その駅舎の向こう側には、一面の麦畑が拡がっている。



作品の原題は「芒種」。穀物畑が芽吹く様をいう。
「わたしのこころがゆっくり死んでいく」
僕たちは、スンヒの孤独に、胸が詰まる。
麦畑の先に何があるのか?スンヒに帰るべき故郷はまだあるのか?
それとも、麦畑の情景は、幻想の彼岸であるのか・・・?

チャン・リュル監督は、小説家でもある。
「キムチを売る女」という作品は、不思議な文学と映像との融合作品である。
カンヌはじめ世界15カ国の映画祭に招待されたが、中国ではまだ上映されていない。
中国の若手作家の表現意識は、とうとうここまで来たのかという驚きを、禁じることが出来ない。









 


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6 コメント

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アート映画 (真紅)
2008-03-05 09:53:50
kimion20002000さま、こんにちは。
キム・ギドクの映画と似たものを感じてしまいました。
富裕層の増加やオリンピック景気に沸く中国ですが、広い国土の大部分はこの映画で描かれたような状況なのでしょうね。
悲惨な物語なのに、透明感のある映画でした。
ではでは。
真紅さん (kimion20002000)
2008-03-05 12:28:34
こんにちは。
広い中国ですからねぇ、この映画のような寂しい情景があちこちにあるんでしょうね。
僕が今後も注目する監督さんの一人になりそうです。
今晩は (ゴブリン)
2008-03-28 19:26:15
kimion20002000さん、しばらくご無沙汰しておりました。
ジャ・ジャンクー監督は「プラットホーム」しか観ていないですが、正直ピンときませんでした。ただ、昨年評判になった「長江哀歌」は楽しみにしています。
「キムチを売る女」はアート系の映画ですが、ユニークな映画作法よりも、社会の最底辺でしぶとく生き抜く女性の映画というテーマ性に惹かれました。
自暴自棄になってキムチに殺鼠剤を混ぜるところで終わらせなかったことを僕は評価したいと思うのです。
公開数は少ないですが、中国映画の水準は依然として高い。横綱の地位は揺るがない。この映画を観て改めてそう確信しました。
ゴブリンさん (kimion20002000)
2008-03-28 22:00:33
こんにちは。
お久しぶりです。
中国映画は、日本ではあんまり買い付けていないかもしれませんが、おそらく相当な数の作品がひしめき合っており、若いスタッフたちも、競いあうような状況になっているように思います。
今後、文革を正面からとらえた映画が、検閲をのりこえて、どんどん出てくるような気がします。
すでに小説では、相当出てきているようですからね。
色々な事を知りたい (多胡幸雄)
2011-08-09 21:21:19
中国の生活の現状がなかなか日本には伝わってこない この映画が全てとも思わない しかし
我々マスコミからの情報しかない者にとって
映画がその時代の心情やその国にある状況が
部分的にも映し出されていると思う
是非 同映画を見てみたい
日本での上映を希望する
多胡さん (kimion20002000)
2011-08-10 07:32:34
こんにちは。
僕たちは一部報道だけで、中国の今を知ったかぶりしますが、十数億の民のいろんな現在があるんですよね。
映画を見て、その断片を知ることは、貴重な体験でもあります。

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