サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

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ルーツ/安岡章太郎(小説家)/92歳

2013年01月29日 | 毎日がメメント・モリ

作家の安岡章太郎さん死去=92歳、「海辺の光景」

時事通信 1月29日(火)18時8分配信

 人間の挫折と孤独を見詰めた私小説的な作品で戦後日本の姿を多面的に描き出した作家の安岡章太郎(やすおか・しょうたろう)さんが26日午前2時35分、老衰のため東京都内の自宅で死去した。92歳だった。高知市出身。葬儀は近親者で済ませた。喪主は妻光子(みつこ)さん。
 慶応大在学中の1944年に召集に応じて中国東北部(旧満州)に渡ったが、胸部疾患で翌年内地送還となる。戦後、脊椎カリエスを患いながら小説を書き、51年に「ガラスの靴」を発表し注目された。53年、「悪い仲間」「陰気な愉(たの)しみ」で芥川賞。吉行淳之介、遠藤周作らと共に「第三の新人」と呼ばれた。
 軍人の悲哀を描いた「遁走(とんそう)」などで全体主義を批判する一方、次第に明るさを取り戻していく戦後の家庭を軽やかに描いた短編を発表した。「海辺の光景」では高齢者問題を正面から捉え、芸術選奨、野間文芸賞を受賞。ロックフェラー財団の招きで米国に留学し、「アメリカ感情旅行」などの紀行を発表した。
 自らの家系をさかのぼった「流離譚(りゅうりたん)」など戦後文学史に残る名作を執筆し、数多くのエッセーで文明批評を展開。日本文芸家協会理事、日本近代文学館理事なども務めた。76年、日本芸術院賞受賞、2001年文化功労者。
 関係者によると、昨年秋に誤嚥(ごえん)性肺炎で入院した後、自宅に戻ったが、次第に体力が衰えたという。

安岡章太郎の若い時の顔を見ていると、人がよさそうだが、押しが強くなさそうな顔をしている。
どこか苛められっ子のような弱々しい風情だ。

生まれは高知の勤皇の名門一族だ。
父は陸軍獣医のえらいさんで、父の転属にしたがって、幼い頃はソウルを含めてあちらこちらを転々とし、小学校5年から東京だが、苛めを受けたり、病気を患ったり、落第したりで相当な内的鬱憤がたまっていたようだ。
召集で満州に行くが、病気除隊となり、戦後は父の失職で、食うや食わずの生活だったらしい。
とはいえ、デヴューする前からの友だちが、古山高麗男であり、吉行淳之介であり、阿川弘之である。

ちょっと驚いたのは、この人が映画にもなったアフリカ系黒人の先祖を探った『ルーツ』の訳者であったからだ。
のちに、ロックフェラー財団基金で、アメリカに留学・滞在したことがあるなどと聞いて、なるほどなと思った。

結局のところ、作品はだんだん安岡自身も自らのルーツをあぶりだすような方向に向かっていく。
エッセイなどではとても軽くて読みやすいものも多かったが、そのあたりは星新一などとちょっと似ている気もする。
安岡章太郎のルーツには、土佐藩の勤皇の荒々しい志士や、陸軍獣医少将まで上り詰め戦後凋落した父や、遠縁の寺田寅彦、別役実やが存在した・・・合掌!

 

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