サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

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実況中継/鈴木文彌(アナウンサー)/88歳

2013年01月22日 | 毎日がメメント・モリ

「金メダルポイント」東京五輪女子バレーを実況 元NHKアナの鈴木文彌さん死去

産経新聞 1月22日(火)18時8分配信

 東京五輪の実況などで活躍した元NHKチーフアナウンサー、鈴木文彌(すずき・ぶんや)氏が20日、急性肺炎のため神奈川県内の病院で死去した。88歳。葬儀・告別式の日程は未定。

 昭和23年にNHK入局。主にスポーツアナを務め、39年の東京五輪では、女子バレー決勝・日本対ソ連のテレビ放送を担当。日本のマッチポイントを「いよいよ金メダルポイントであります」と印象深く実況した。44年には夏の甲子園決勝戦で松山商業対三沢高校のラジオ実況を担当し、延長十八回引き分け再試合となった名勝負を伝えた。

1964年の東京オリンピックの記録映画はもちろん市川崑監督の語り継がれる名作だが、僕は小学校の講堂で見ることになった。
その入場式の実況中継には、ラジオの実況中継をしていた鈴木さんの声が使われている。
テレビは後に大相撲中継でも名物になった、北出清五郎さんであった 

子どもの頃は、あんまり意味がないことに記憶を競ったりするものだが、僕の場合は国名と首都名だった。
東京オリンピックはアジアではじめて主催されるオリンピックであり、有色人種国家が主催するはじめてのオリンピックでもあった。
そこで聞いたこともないような新興国の国名とともに首都が報じられたりするのだが、僕は残らず言えたものだ。
もちろん、今ではてんでわからない。
そういうことがあったので、入場式にはとくに記憶が深かったのだ。

スポーツ中継の実況放送は、何年たってもその再放送があれば、すっと記憶が甦ってくる。
実況中継されたそのゲームの感動そのものもあるのだろうが、むしろその時の時代の空気や自分がテレビやラジオから聞こえてくる実況中継を聞いていた環境のようなものが。

実況中継は決められた原稿を読み上げるのではない。
ゲームを伝えながら、咄嗟のアドリブが生まれ、それが数々の名言伝説を残すことになる。
鈴木さんは、その名アナウンサーのひとりであった・・・合掌! 

 





 

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