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サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 05113「ミリオンダラー・ベイビー」★★★★★★★★☆☆

2005年11月21日 | 座布団シネマ:ま行

アカデミー賞で、主演女優、助演男優、監督、作品賞の主要4部門を制覇した、クリント・イーストウッド監督の最新作。ボクシングに希望を見い出そうとする女性とそのトレーナーの心の葛藤(かっとう)を丹念に描いたヒューマン・ドラマ。アカデミー賞で2度の受賞をはたしたヒラリー・スワンクと初の受賞に輝いたモーガン・フリーマンの演技は要チェック。[もっと詳しく]

「犠牲」なくして成立し得ないアメリカン・ドリーム。

イーストウッド監督が「ミスティック・リバー」でアカデミー2冠に輝いたのは、記憶に新しい。
そして、今回は、本作品で7部門にエントリーされ、4部門でトロフィーに輝いた。
いったい、アメリカの映像関係者は、この初老の監督に、なぜ、ここまで惹かれるのだろう。

役者としてのイーストウッドはTVの「
ローハイド」で名前を覚えられたが、実際、注目されたのはマカロニウェスタンの本場イタリアで「荒野の用心棒」に抜擢されてからだ。
アメリカに戻ってからは、「
ダーティハリーシリーズ」であくの強い一匹狼の刑事役。
それでも、A級とB級の間ぐらいの作品群であった。
ただし、制作には早くから関心を持ち、68年には、小さいマルパソ・カンパニーというプロダクションを立ち上げている。



監督になってからもハリウッド流大作主義ではない、しかしマルパソでチームを組んだスタッフたちと「イーストウッド流」ともいえる映画作りの流儀をつくりあげた。
面白いストーリーが第一。
撮影中、モニターは使わない。
少人数で、現場に任し、決定は監督。
リハーサルからカメラは回すが、本番は原則1回主義。
とかとか・・・。
テーマは「世の流れに取り残される」人々に焦点をあてることが多い。
声高に、なにかを主張するものではない。
だけど、いつも、「愚直さ」のなかにある「本質」が、底に流れている。
あるいは、寂漠とした余韻のなかに、漂っている。



フランキー・ダン(クリント・イーストウッド)は、かつては、そしていまも、優秀なカットマンであり、トレーナーである。だが、優秀なマネージャーではない。
23年間、ジムの雑用係として住み込んでいるのがスクラップ(モーガン・フリーマン)。
運営するジムはロスにある「ヒット・ピット」。
フランキーもスクラップももはや野心を抱いているわけではない。
どちらかというと、「ミスギヨスギ」のためのジム経営。タイトル戦のマッチメイクには臆病になっている。
「細く、長く」という毎日であり、そのぶん、若者たちの活気もいまひとつだ。

そんなジムに入門を希望するのがマギー・フィッツジェラルド(ヒラリー・スワンク)。
ミズーリ州出身の典型的な下層白人労働者の家に生まれ、理解のあった父を早くに亡くし、弟は刑務所、妹は生活保護を受け、140kgの体をもてあます母親は、マギーに仕送りしか期待していない。
マギーは13歳からレストランで薄給で働き始め、「自分の夢」のために、31歳というチャレンジするにはとっくに遅すぎる年齢で、ジムの門を叩いた。
フランキーは「女に教える気は無い」と拒絶していたが、マギーの頑固さに折れ、指導を開始し、試合も組むようになる。
マギーは連戦連勝、ヨーロッパにも遠征し人気をはくし、ついに「ミリオンダラー」の試合に漕ぎ着けるのだが・・・。



フランキーはアングロアイリッシュなのだろう。カトリック教会に日参し、神父に聖書の解釈を連日問いかける。
そして、ひとりのときは、いつもイエーツの詩集を読んでいる。
ウィリアム・バトラー・イエーツは、風変わりな詩人として、日本でもお馴染みだ。
新生アイルランド運動、ケルト神話、神秘主義。
女性にも伝説的な恋をしているが、52歳まで独身を通した。荒涼とした「荒地」の詩人でもある。
フランキーは、娘と絶縁されており、孤独な毎日になんの「劇」的体験もあるわけではない。

一方、マギーは「太く短く」チャンスをつかもうとしている。
アメリカン・ドリームというより、もう、トレーラーの惨めな生活に戻りたくないという必死さだ。
いつしか、ふたりは、「父と子」のように、お互いの欠損を補完していくことになる。
しかし、夢は「束の間」与えられるだけだ。

反則によるダメージでマギーは四肢麻痺となり、「父フランキー」に尊厳死を求める。
「娘マギー」にフランキーは、最後まで逡巡するが、その「罪」を自分で引き受けようと決意する。
スクラップは逡巡するフランキーに「マギーは充分輝いたよ」という。



ここで、「ともあれ生き延びる」という思想と「生き延びる意味を問う」という思想が、はげしくぶつかることになる。
この思想の鬩ぎあいに、カトリックもイエーツも答えを出すことはできない。
あるとすれば、「レモンパイのうまい店」さえあればというフランキーと、本当はその店で引退後の毎日を「父子」で暮らしたかったマギーと、その夢を、記憶のまま保存しようという悲しい選択だけであった。

「モ・クシュラ=愛しい愛しい我が子よ」と、フランキーはマギーにリングネームをつけた。
たしかに、このとき、フランキーの贖罪は、マギーという媒体を通じて、実現しかかったのかもしれない。
とすれば、「アメリカン・ドリーム」が「
ロッキー」の時代のときのようには成立不可能であり、必ず「犠牲」が伴うこと、その現在の描き方の誠実さに対し、今回のアカデミー賞は、与えられたのかもしれない。



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89 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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こんにちは (mailo)
2005-11-21 21:17:22
TBありがとうございました、逆TBさせていただきました。

カテゴリー名の「座布団シネマ」、いいですね。

kimion さんの記事で、ミリオンダラー・ベイビーについての知識を目一杯勉強させていただきました。

観てから知るか、知ってから観るか…。

切り口が変わりますね。

また遊びに来ます。
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mailoさん (kimion20002000)
2005-11-21 21:40:27
こんにちは。

だって、ここ数年、圧倒的に自宅シネマ派になってしまい、情けない(笑)

どんどん遊びにきてください。

返信する
TBありがとうございます。 (ふくちゃん)
2005-11-21 21:41:31
僕みたいな直感的な映画感想と違ってkimionさんの映画批評は専門的で奥深いですね。mailoさん同様、僕もすごく勉強になりました。

改めて「ミリオンダラーベイビー」観てみようと思います。

こちらからもTB返させてもらいました。
返信する
ふくちゃん (kimion20002000)
2005-11-21 21:44:11
はじめまして。

今後ともよろしくお願いします。
返信する
TBありがとうございます (poyance)
2005-11-21 22:44:16
ブログの方にもコメントいただき、ありがとうございました。

実はイーストウッド作品では、前作の「ミスティック・リバー」や「ブラッド・ワーク」のほうが好きなんですけど、いわゆる「ハリウッド的」でない終わり方であるこの映画がアカデミー賞に輝いたということは、アメリカ映画界においても大きな意味があったと思います。

これからもどうぞよろしく~。

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poyanceさん (kimion20002000)
2005-11-21 23:03:27
こんにちは。

イーストウッドいままでの作品も大好きでしたb。
返信する
こんにちは。 (仁左衛門)
2005-11-22 13:58:15
TBありがとうございました。

クリント・イーストウッドは

やはりムービースターであり、

誰でも知っている存在なのでしょうね。

映画『バックトゥザフューチャーⅢ』の中で

名前が使われていましたが、

クリント・イーストウッドの名前を使いたくなるほどに

愛されている存在なのではないかと思います。
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Unknown (やのすけ)
2005-11-22 15:47:40
私は劇場で観て、久しぶりにエンドクレジットが流れても誰も立ち上がらない状況を体験しました。



私は格闘技は大嫌い。プロレスリングなんて見る人の気が知れない。プロボクシングももちろん大嫌いだ。なのに、なんでこれを観たか。 

答えは簡単、映画だったから。おまけにアカデミー賞4部門も取ったし...



見終わって、浅はかな動機だったなと思いました。これは、人間愛のドラマでした。さびしい親子の間を埋めるラブストーリーだった。



だから、最後が許せない。ラブストーリーはハッピーエンドでなきゃ...
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TBありがとうございます (Jane.Gi)
2005-11-22 17:18:42
私のつたない記事にトラックバックくださってありがとうございます。



さて、記事読ませていただきました。

それで、なるほどなるほどと何度も頷いてしまいました。

・・・自分の書いた記事の内容の薄さにちょっと恥ずかしくなります(汗



それでも映画は好きなので、これかも観た映画について色々自分流に書いていくつもりです。

また良かったらご訪問ください。
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コメント多謝 (kimion20002000)
2005-11-22 17:56:40
>仁左衛門さん



アメリカ人にとっても、イーストウッドは別格だったんでしょうね。



>やのすけさん



何を指して、ハッピーエンドかは複雑かもしれませんね。



>JANEGIさん



はい、今後ともよろしくお願いします。







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