サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

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251日目「相撲錦絵の世界(ニューオータニ美術館)」紀尾井町

2011年08月20日 | 姪っ子メグとお出かけ

姪っ子メグ この前は現代アートのコレクターのお話だったから、今日は古典から近世の時代のコレクター巡りというわけで。
キミオン叔父 まあ、骨董好きというのは昔からたくさんいるわけで。飛鳥・奈良・平安時代は、王朝貴族や寺社が所有してたんだろうね、鎌倉・室町・戦国期になると、武将や商人がコレクションしたがる。で、「へうげもの」の時代になってくるんだな。徳川時代は、大衆文化も生まれたから、町人なんかでも羽振りのいいのは、浮世絵とかコレクションしてただろうな。で、明治以降になると、財閥の時代になるから。
泉屋博古館は「書斎の美術」なんかの小特集をしていたけど。住友と言えば、文人の第15代当主の住友春翠ね。名門徳大寺家から請われて養子婿入りしたみたい。この人は「数寄物」よね。今回は明時代のものだけど、「文房の神様」といわれる「鍍金魁星像」ね。右手に筆を持って、左手は斗ね。で、軽やかに雲にひょいと乗っておられる。左足を蹴り上げているところが躍動感があって可愛い。
「鼻煙壺」が50点ぐらいあったけど、これは清の時代かな。小さい壺だけど意匠はさまざま。コレクションしたくなるよね。
続けて向かったのが大倉集古館。ここでは「大倉喜七郎と邦楽」。喜七郎は大倉財閥の二代目で、周囲からは「バロン」と呼ばれた洒落者でもあった。この人は古典も書も絵画も何でもござれだったけど、特に好きだったのは音楽。で、尺八なんかの邦楽もやったんだけど、ついに尺八にフルートのベーム式キーシステムを取り入れた新学期を考案し、制作させている。
縦型だからフルートというよりオーボエみたいだけど。「オークラウロ」と名前も付けて、自ら奏者を集めて、演奏に興じている。大倉財閥は没落しちゃったけど、ホテル・オークラなんかで格式は残っている。
そうよねぇ。おじさんとよく行く、三井財閥にしても三井記念美術館はじめあちこちに三井家伝来のお宝は眠っている。三菱にしても、弥太郎はなりあがり者なんだろうけど、弥太郎の弟の岩崎弥之輔とその子供の小弥太が二代かけてコレクションしたのが静嘉堂文庫美術館にたくさんある。
根津美術館にしても五島美術館にしても財閥だしな。



で、ニューオータニ美術館は、もちろん大谷一族の孝吉の「相撲錦絵」コレクション。
ほとんどが江戸期の歌川国貞をはじめとする歌川門のもので、勝川一門や菱川門もあったな。それにしてもきれいな刷りの状態で保管されている。
江戸でも寛政のあたりかしら。まあ、庶民の娯楽は歌舞伎か相撲か、この頃は寺社での奉納相撲よね。まあ異形の大男たちは、神事ではあるわよね。神代の時代から、「力人(ちからびと)」の言い伝えはあるものね。
江戸の頃は、土俵も今と較べると一回り小さいんだよな。で、面白いのは、今で言う「審判」か、土俵の内側であぐらかいて取り組みを見ているんだ。力士にすりゃ、邪魔でしょうがないだろうに(笑)。
土俵入りでも、自分で刀持って入ってる。で、行司さんも烏帽子や直垂がないからヘン。
各藩の大名がお抱え力士を持っているのもいいね。平和な徳川時代の代理戦争みたいなもんだな。
今でも力士の名前読み上げる呼び出しが、○○出身というけど、藩の時代のお抱えのなごりだったりして。
「横綱」という位が出来たのは、戦後だからな。昔は大関が最高位で、そのなかでも図抜けていたのを、尊敬をこめて「横綱」と言ってたんだね。
力士に熱狂するのはわかるわね。どの相撲錦絵をとってもいいけど、これは「異界」よ。「八百長」がどうお「民主主義的手続き」がどうのなんて、口が裂けても言えないよ。現世のルールは通用しない。
まあ今は年6場所で働かされて、なんかサラリーマン的というかお役所的というか、携帯でみみっちぃ小遣い稼ぎをしてるんだからさ。そりゃないよな。

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