サーカスな日々

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花はどこへ行った/ピート・シーガー(フォーク歌手)/94歳

2014年01月31日 | 毎日がメメント・モリ

米歌手P・シーガー氏が死去、オバマ大統領も追悼

ロイター 1月29日(水)11時21分配信

[28日 ロイター] -反戦運動などに積極的に取り組んだ米国のフォーク歌手ピート・シーガーさんが27日、老衰のためニューヨークの病院で死去した。94歳だった。所属レーベルのアップルシード・レコーディングスが発表した。


共作「天使のハンマー」などのヒット曲で知られるシーガーさんは、ベトナム戦争に抗議したほか、公民権運動にも参加し、ハドソン川浄化などの環境問題にも取り組んだ。

1961年には共産党在籍時代についての議会での証言を拒否したことで有罪判決を受けたこともあるが、その約半世紀後の2009年1月には、オバマ大統領の就任記念コンサートで演奏した。

オバマ大統領は「彼は、正しいことのために立ちあがり、間違っていることには声高に反対し、この国を理想の米国に近づけるための社会の力を信じていた。われわれはピート・シーガー氏への感謝の気持ちをいつまでも忘れない」とする追悼声明を出した。

ピート・シーガーは音楽家の両親の元に育てられ、戦前からプロテスト・ソングとしてのフォークの道に寄り添ってきた。
僕たちから言えば、どちらかというとウディ・ガスリーあたりを持ち上げたりするが、彼を支えた一人もシーガーだった。
バンジョーなどを得意とする演奏家でもあり、シンガーでもあるが、メディアやイベントの支援を含めて、僕にはここ半世紀にわたる音楽シーンの良心的な「運動家」のように思える。

一時期は「共産党党員」であったこともあり、戦後の赤狩りムードのなかで自粛しなければならないことも多々あったが、思想的に見ればそれほど過激ではない。

むしろ60年代からのフォークソング・リバイバルのなかで、もう一度シーガーらがイベントとかを支えたり、引っ張り出されるようにもなり、だんだん長老としてまとめ役を望まれるようにもなる。
ボブ・ディランなども早くに評価したのはシーガーであり、もちろんディランがロックを引っさげてきた時には、シーガーは「頭にきた」 側ではあるにしても、アメリカの「良心的」な音楽シーンには、いつも名前が出てくるようになった。

「花はどこへ行った」「天使のハンマー」など長く歌われた名曲は多いが、ヒットは他の人がカバーしたものである。
むしろ、ゴスペルであった「ウィ・シャル・オーバーカム」を公民権運動の象徴的な歌としたのは、シーガーのプロデュースだと言われている。

どちらにしても、半世紀以上のアメリカの歴史に、つねに一定の影響を与えてきたミュージシャンだった・・・合掌!



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1 コメント

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「花はどこへいった」は (さすらい日乗)
2018-12-02 09:43:13
ソ連のショーロホフ小説で、映画化もされた『静かなるドン』からヒントを得て作られた曲だそうです。
兵士は死ぬが、花は次の女性や恋人に受け継がれていくという輪廻転生のような反戦の歌と言うわけですね。

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