サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

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星の王子様/三遊亭円楽(落語家)/76歳

2009年10月31日 | 毎日がメメント・モリ

落語家の三遊亭円楽さん死去=「薮入り」など人情話を得意に


10月30日15時36分配信 時事通信


 人情話を得意とした落語家の三遊亭円楽(さんゆうてい・えんらく、本名吉河寛海=よしかわ・ひろうみ)さんが29日午前8時15分、肺がんのため東京都内の自宅で死去した。76歳だった。東京都出身。葬儀は近親者と一門のみで行い、後日お別れの会を開く。喪主は妻和子(かずこ)さん。
 東京・浅草の寺の四男として生まれた。1955年に六代目三遊亭円生に入門し、全生を名乗った。62年に真打ちに昇進し、五代目円楽を襲名。立川談志、古今亭志ん朝らと並んで「四天王」と評された。また、66年に始まったテレビ番組「笑点」でも、初代の大喜利メンバーとなり、「星の王子様」と自称してお茶の間の人気を集めた。
 「薮(やぶ)入り」「文七元結」など名人と呼ばれた師匠譲りの人情話を得意とし、筆頭弟子として円生一門を引っ張った。78年には師匠の円生らと落語協会を脱退して落語三遊協会を設立、話題になった。師匠の死後も落語協会には戻らず、85年には私財を投じて寄席「若竹」を建設したが、4年余りで閉鎖を余儀なくされた。
 腎不全のため晩年は人工透析を行いながら高座に上がっていたが、2005年には脳梗塞(こうそく)で倒れた。その後、復帰したものの、06年に「笑点」の司会を降板。07年2月、国立演芸場で「芝浜」を口演したが、高座の後、「出来に満足できない」として引退を表明。同年11月に胃がん、08年4月には肺がんの手術を受けていた。

「笑点」の司会降板の頃のお姿を見ているのは、ちょっとつらいものがあった。
幼い時から、腎臓が悪く、透析を受けていたことは知らなかったが、この人は華のある人だった。
上背もあって、スマートで結構ハンサムで。
で、落語協会の脱退とか、寄席の自費建設とか、やるなあ、と思ってみていた。
晩年は次々と大病をわずらったようで、顔立ちもすっかり変わっていた。
やむをえないが、もう、歯並びもがたがたになっておられた。
噺家にとって、致命傷だ。
僕なども養生が悪く、もうほとんどい残っている歯は、数えるほどだが、カメラに晒すのはつらいものがあるはずだ。
76歳、噺家としては、若すぎる引退そして死であり、寂しい気がする・・・合掌!
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