サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

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mini review 08334「白い馬の季節」★★★★★★★☆☆☆

2008年11月21日 | 座布団シネマ:さ行

本作で監督デビューを果たした内モンゴル自治区出身のニンツァイ監督が、失われゆく遊牧生活の暮らしをフィルムに焼き付けたヒューマンドラマ。草原の砂漠化によって遊牧民としての生活を追われ、町に移住することを決めたある一家の姿を愛情を込めて描く。本作で典型的なモンゴルの男を演じた監督は、彼の妻役とプロデューサーを兼任したナーレンホアと迫真の演技を披露。素朴な遊牧民たちの正直な生き方が、観る者の琴線に触れる。[もっと詳しく]

ウヨンタナの透明な歌声を、ふと思い出したりした。

前回のレヴューで内モンゴル自治区を舞台にした作品「トゥヤーの結婚」をとりあげた。
同じ舞台、同様のテーマ(旱魃、生態保護政策、モンゴルの夫婦像)としては、「白い馬の季節」という秀作にも、触れたくなった。
「白い馬の季節」は内モンゴル自治区の東部のホルチン地方を舞台にしている。
もう10年ほど前になるだろうか、ある縁があり、モンゴルから来た歌手であるウヨンタナさんと出会う機会があった。
中国では歌手としてデヴューしていたが、日本には留学生として来て、これから日本ーモンゴルの交流の中でどういう活動をしていくべきか、思案されている頃だったと思う。
明るくよく笑う、すてきなモンゴルのお嬢さんだった。
透き通る声であり、どこか日本人にも懐かしい感情を深いところから呼び起こすような彼女の最初のアルバムが、自分の出身地をタイトルにした「ホルチン」であった。



この地域では、胡弓の一種であるが、二弦で馬の尻尾の毛を使い、棹の先が馬の頭の形をしているところから「馬頭琴」という擦弦楽器が有名だが、「草原のチェロ」などとも言われており、その馬頭琴を伴奏にウヨンタナの歌声が心に沁みてくるのであった。
ウヨンタナさんは、その当時から、内モンゴルの都市化のことを、少し寂しそうに僕に語ってくれた。
その後最愛の、ご主人がお亡くなりになられ、「もう私は歌えない」と呟いたといったようなことを風の噂で聞いている。
いまでも、ウヨンタナの歌声を忘れられないファンが、日本にも何人もいると思う。

「白い馬の季節」には、次のような「雨乞いの歌」がテロップされる。

旱魃の草原に 万物救う
慈雨甘露を 与えたまえ
ヒスイの如き輝きを
大草原に与えたまえ



この地域が出身であるニンツァイ監督が、現在のモンゴルでは生き難いような不器用な男であるウルゲンを演じている。
羊に草を与えるために放牧地を求めるが、そこは中国政府による「生態保護区」という名目の土地管理政策により、鉄条網が設けられている。
ウルゲンにはいつも季節に応じて、放牧していた土地であり、その規制を巡って争いになり、警察に捕まる羽目にもなる。
ウルゲンの妻インジドアを演じるのは、実生活でもニンツァイ監督のパートナーであり、この作品ではプロデューサーも兼ねているナーレンホア。
インドジアは、生活が成り立たなくなるため、革商人ドゴーの勧めもあり、羊の乳からつくったヨーグルトをたまにトラックが通る道沿いで売りながら、生計の足しにしようとする。
けれど、もともとそんな商売にも慣れてはいない。
ウルゲンも町に出ている出世頭の画家ビリグに金を借りにいったりするが、相手にされない。
ついには、「馬上で生まれ馬上で死ぬ」ということを誇りにしているウルゲンの愛馬サーラルを売りに出すことになる。
ディスコのオーナーに売られたサーラルがいかがわしいキャバレーで情けない見世物にされているのを見かけてしまったウルゲンは、サーラルを取り戻そうとまた事件を起こしてしまう。
インジドアは、ウルゲンを見限るように、都市に定住することを宣言する。
ウルゲンはしかたなく、その後を追うことになる・・・。



ここでも、ウルゲン一家の草原に、突如のように幟を立てた広告隊の一群が、やかましく楽器を演奏しながら、練り歩く。
電化製品の宣伝のようだ。漢民族の「資本的」商売が、草原に露出しているのだ。
羊たちも、その喧しい音楽に、怯えているようだ。
漢族の中年男性であるツァオは、インジドアのヨーグルトを目当てに通ってくるが、どうも美人の彼女に懸想しているようだ。
息子フフーとともに、本当は仲の良いであろうウルゲン一家は、世界から激しく侵蝕されている。
放牧の民が、目ざとい商売人たちと渡り合ったり、都会の中でその場所を確保していくことは、容易なことではない。



この情報化社会の中で、あるいは「貨幣」が幅を効かす社会の中で、ウルゲン一家は自然の循環、その恵みの中で、素朴に生きていくことさえ出来ない。
ウルゲンはそのことに慣れる事が出来ない。
老馬サーラルが見せ物にされたとき、それはまるで自分がそうなったかのようにウルゲンは悲嘆したのだろう。
インドジアも大地に根を張った、素晴らしい存在感のある女性である。
けれども、彼女は、嘆くだけではなく、新しい世界に立ち向かっていくために、慣れ親しんだ世界をも捨てようとする。



草原の中では、ウルゲンはたくましい体躯で、たしかに頼りになる一家の主でもあったのだ。
颯爽と、白馬サーラルに跨って、モンゴルの風と共にあったのだろう。
けれども、サーラルも老馬となる。
羊も、次から次に手ばなすことになる。
息子の教育の問題もある。
都市を彷徨うウルゲンには、どこにも矜持は感じられず、ただ木偶の坊のように突っ立っているだけだ。
下流の労働者として、食い扶持をみつけられるかどうかも心許ない。
この一家のその先は、わからない。
けれども、インドジアは、きっとこの一家を保持していくだろうとの期待を抱かせる。
「正直」な生き方が、価値の根源であるような、そんな幻想を持つことは、感傷であるのかもしれないのだが・・・。

kimion20002000の関連レヴュー

トゥヤーの結婚




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2 コメント

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TBありがとうございました。 (sakurai)
2008-11-22 21:59:24
ウルゲンのプライドも痛いほどにわかるのですが、それでも生きていかなければならない時、母ちゃんです、やっぱ。
母ちゃんに夢がないわけじゃないです。
(あたしもあります)
でも、目の前に子供が腹すかせてて、なんとかしなきゃなんないとき、プライドで飯が食えればいいんですがね。
そんな人間たちえをしり目に、馬はさりげなかったですね。
sakuraiさん (kimion20002000)
2008-11-22 22:06:35
こんにちは。
もう、全世界的に見ても、男は駄目でしょう(笑)
それでも、この監督(主人公)は、よかったなァ。
ちょっと「なすび」が入っていたけど・・・。

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