サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 09386「東南角部屋二階の女」★★★★★★★☆☆☆

2009年09月07日 | 座布団シネマ:た行

社会に居場所がなく、くすぶっている3人の男女が、人生をありのままに受け入れて年を重ねた人々に出会うことで変化していく、ヒューマン・ドラマ。西島秀俊や加瀬亮といった若手実力派俳優と香川京子らベテラン俳優が織り成す、穏やかな交流が描かれる。監督と脚本には将来を嘱望される池田千尋と大石三知子。若者の共感できる題材が繊細(せんさい)に描写され、観終わった後にさわやかな余韻を残す。[もっと詳しく]

邦画のDNAの行く末を、もう少し僕たちは見守ったほうがいいかもしれない。

邦画についてはついつい辛目の評価をするのは、コンテンツが国家戦略として重要といいながら、その人材育成については、お寒い限りという状況に、苛々しているからかもしれない。
日本でも映画全盛期といわれる時代があったが、その頃には5社を中心にした、徒弟制度的な「活動屋」の世界があった。
プログラムピクチャー的な娯楽の流れで、スタッフに関しても、悶々とするより前に、殺人的なスケジュールをこなしていくことが問われた。
そこから、しかし個性を持った監督が出てきて、溝口組、小津組、黒沢組・・・といった煌くような個性豊かなチームが形成され、撮影や美術や照明や小道具や衣裳には、息の合った名人が当然のように存在感をあらわし、脚本や音楽は異分野からも引っ張り込み・・・という、ある意味、特殊な集団世界があったのだ。
そのあたりは、邦画をめぐる、さまざまなスタッフの回顧談などを読んだりすると、面白くてしょうがない。



けれども、テレビの浸透とともに、一挙に映画斜陽時代に入った。
そこを突破しようとした連中は、独立プロをつくったり、ポルノを装ってヌーヴェルバーグを試みたり、アングラにもぐったりもした。
大半は、映画制作の機会を与えられず、ゴールデン街で呪詛しながら、教育や産業映画の世界で、食いつないでいったのだが・・・。
そのうち、正月映画は定番マンネリ、学校の休み期間はアニメ・特撮もの、そしていつのまにか、テレビ・出版の世界の商売屋たちが我が物顔に土足で入り込んできて、番宣手法を得意気に振りかざすようになった。役者は、ジャニーズ系かテレビで知名度の高いものか・・・。



もちろん、そういうなかで、この30年ほど、邦画にそれなりには付き合ってきた。
現在の邦画に対して、かなり活況じゃないかという意見もあれば、絶望的ですよという意見もある。
世界の映画祭で、賞をとることも珍しくはなくなったし、才能ある女性監督の起用やハリウッドへの進出やアジアの共同制作の試みなど、突破口を求めようという動きはあるし、地方のフィルムコミッションなどの組織化もずいぶん進んできてはいる。
けれど、マルチメディア戦略や、テレビ連動企画や、制作ファンド委員会方式や、そのことを不必要だとは言わないが、やはり映画制作に関わる人材の養成とプロデューサーの輩出こそが、もっともっと必要なのではないか、という思いがある。



『東南角部屋二階の女』という映画は、そうした邦画を巡る閉塞感のような思いを、ひととき忘れさせてくれるような映画である。
監督はこの作品が長編劇場映画デヴューとなる池田千尋監督。まだ27歳の女性だ。
彼女は東京藝術大学大学院映像研究科の第1期生である。高校生の時から、自主制作映画に入り込んでいる。
この東京藝術大学映像研究科には、北野武や黒沢清が監督領域の教員となっており、もちろん彼女が師事したのもこのふたりだ。
脚本は大石三知子、OL生活の後で、同じく映像研究科で脚本を学んだ。
年齢は異なるが、池田千尋と同期生だ。



そして特筆すべきはこの作品のプロデューサーに磯見俊裕がいること。
磯見は大学卒業後、さまざまな職業を体験した後、映画美術デザイナーに転進し、黒木和雄『美しい夏キリシマ』(02年)、崔洋一『血と骨』(04年)、是枝裕和『誰も知らない』(04年)、河瀬直美『殯の森』(07年)、三木聡『転々』(07年)、橋口亮輔『ぐるりのこと』(08年)など、多くの質の高い映画に美術監督として参加している。
そして、この磯見も同じくこの映像専攻学科美術領域の助教授をしている。
『東南角部屋二階の女』の美術は三ツ松けいこだが、おそらく磯見に師事しているはずだ。
あと、邦画ではシネマトグラファーとしてはなくてはならない職人であるたむらまさきは1939年生まれのベテランだが、磯見ともいくつかの作品でチームを組んでいる。
おそらくこうしたチームはさまざまな映画賞を受賞しているが、華やかなスポットライトばかり浴びているわけではない。
邦画がおかれている状況はよくわかっているはずだし、そのなかで次世代を養成しながら、自らもひとつひとつ現場を大切にしながら、心に残る作品作りに寄与しているのだ。
『東南角部屋二階の女』という良質な作品に関しても、テレビスポットなどとは遠く離れた世界だし、劇場もユーロスペースなどのミニ上映館だ。
けれども、こうした継続に邦画の未来を仮託しない限り、僕たちはたんにブログランキングのキーワードで消費されすぐ忘れられる作品情報に疲れながら、不毛な一喜一憂をするしかないのだ。



父が残した借金に追い詰められなにをするにも気分が萎えている野上(西島秀俊)。
フリーフードコーディネーターをしながら結婚に逃避しようかとも考えている三十路前の涼子(竹花梓)。
取引先の理不尽なクレームに嫌気がさして先輩である野上と一緒に会社を辞めた三崎(加瀬亮)。
この3人は、運命のように、野上の祖父友次郎(高橋昌也)の敷地にある古いアパート「藤野女子アパート」に集まることになる。
野上はこのアパートを処分して借金を返済しようとするが、友次郎の世話をする居酒屋「ふみと」の女将である藤子(香川京子)に、なかなかそのことをすっきり言い出せない。
その古いアパートには、東南角部屋に鍵もない「開かずの部屋」がある。アパートの押入れの壁には、穴があいており「願い事がかないます」と文字が記されているのだが・・・。



どうにもぼんやりとした閉塞感に苛まれている、あるいはあまり喜怒哀楽を表現するのが上手そうにもない30歳から40歳ぐらいに設定されている3人の、疲労感、虚無感、徒労感のようなものがとてもよく演出されている。
それぞれがたいして深く考えたわけでもなく、古いアパートに居住しはじめる。
野上の焦燥が、三崎の逃避が、涼子の惰性が、ときどきはお互いに感染したり、慰めあったり、反発したりしながら、不思議な居心地をつくっていく。
それはどこかで、負け犬連合のようにも見えるし、心優しい不器用な人間たちの温かいコミュニティのようにも見える。
どちらにしても、<システム>に包囲され、明確な敵も見えず、不安に苛まれながら日々をやり過している現在のこの世代のひとつの典型像のように描かれている。
一方で、友次郎と藤子は、戦争時代に青春が在った世代であり、日常を一見すると淡々と生きている。
通常であれば、このふたつの世代に接点はない。
しかし、古いアパートのちょっとした秘密が、ふたつの世代の距離を近づけていく。
そのことは、たぶん僕たちの記憶の古層を揺るがせることになる。



慌しい痙攣的なカメラワークや、無意味に飛び交うセリフの過剰に、あるいは劇的な山場づくりばかりにエモーショナルをもってこようとする近頃の映画作法に辟易することがある僕たちにとって、『東南角部屋二階の女』という作品は、一服の清涼剤のような作品である。
アパートには陽が差し込み、白色めいたカメラワークは風景の過剰な感傷を、避けているように見える。
ほとんど表情を変えない野上や、なにをしても子供っぽさが目に付く三崎や、フェロモン皆無で華のない涼子が、ぐずぐずと身を寄せ合っているところに、なんともいえない気だるさが演出されていて、たいした事件もおこらない退屈な映画だと見做せばそれまでなのだが、この新人監督はとても細部にまで気を配して演出しているのがすぐにわかる。
役者のちょっとした仕草、表情のかすかな変化、あるいは頑なな後ろ姿・・・などに目をやれば、このスタッフやキャストがなにを大切にしようとしているかが、すぐわかるはずだ。



古いアパートは、台風の激しい風雨で、危なっかしく揺れている。
そして、このアパートをめぐる秘められた物語が、少し露出することになる。
それは<システム>に包囲されたこの無感情なあるいは過剰な世界を、少しだけ泡立てることになる。
でもそんなちょっとした契機があるだけで、もしかしたら人と人はなにかを分かち合うことができるかもしれない。
そんなことを、何気なく、大切に、差し出しているような作品かもしれない。
もう少し、僕たちは、邦画のDNAの行く末を、見守ることにしよう。




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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
なかなかの (メル)
2009-09-12 08:26:56
良作でしたよね。
あの白っぽい映像は、なんとなく狙いはわかるけど、どうしても必要だったのかなぁと思ったりもしましたが、役者さんの捉え方とか、この世界感みたいなのは良いなぁって思いました。
こういう邦画を観ると、ホッとします^^
いちいち納得 (悠雅)
2009-09-12 09:58:33
こんにちは。
いつものことですが、今回も的確な解説と感想に感服。
いちいち思い当たること、共鳴できることをきちんと言葉にされていて、爽快な気分になりました。

毎度のことながら、スタッフの情報などな~んにも知らず、ただ出演者の顔ぶれだけで観たのですが、
この作品の持つ魅力にすっかり引き込まれて、小さいながらもいい作品に出会えてとても喜んでいたところでした。
偶然の産物ではなく、技術に裏打ちされた結果なのだと納得できて、
読ませていただけて嬉しかったです。
メルさん (kimion20002000)
2009-09-12 11:53:59
こんにちは。

あの白っぽくて、粒子の粗い8mmのような露光の仕方も、とても計算されているように僕には思えました。

見終わった後、気持ちがいいというのが、とてもいいことの一つだと思います。
悠雅さん (kimion20002000)
2009-09-12 12:03:39
こんにちは。

過分なお褒めを(笑)

僕もぜーんぜん、前情報はなくて、日活ロマンポルノみたいなタイトルだなあ、と。
役者が良さそうだから、という興味からだけ観たんですけどね。

ある意味で、とても感心しました。
邦画のいい意味での、文法を受け継いでいるように思われたんです。

TBありがとうございました (sola)
2009-09-12 15:59:13
ゆるりとした映画でしたね。
たまにはこんなテンポの遅いのもいいなあ、と思いながら見ました。

世の中、ぶっそうなニュースばかりだから、こういう悪人が一人も出ない映画はホッとします。
solaさん (kimion20002000)
2009-09-12 18:50:57
こんにちは。

そうですね、悪人は出てこないけど、生き難い世の中だなあ、という空気感は、醸し出していましたね。

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