サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

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mini review 09410「初恋の想い出」★★★★★☆☆☆☆☆

2009年10月21日 | 座布団シネマ:は行

『山の郵便配達』のフォ・ジェンチイ監督が手掛けたラブストーリー。家族の干渉により、愛と家の間で長期にわたり揺れ動く男女の心の機微を美しく描写する。主演を『レッドクリフ』のヴィッキー・チャオと『セブンソード』のルー・イーが務め、初恋の切なさを見事に体現してみせた。クラシカルで情緒あふれる舞台設定や、恋する二人の瞳の動きやため息に、今は薄れつつある純愛の美しさが宿る。[もっと詳しく]

時には涙を流さないことが、涙を流すより感動する。

監督がどうの、主題がどうのということとは関係なく、旬の女優を見たいがために、ミーハー的に作品を選ぶケースがある。
中国女優で、いまは彼女のblogが1ヵ月で1000万クリックということで、世界一ではないかと言われている中国女優のヴィッキー・チャンもその一人だ。
ヴィッキー・チャンは中国の若手四大女優の一人とされる。
チャン・ツィイーはもちろんだが、残り二人は『ウォー・ロード/男たちの誓い』(07年)などに出演していたが、ヴィッキー・チャオの前のblog女王といわれたシュー・ジンレイと、『エンペラー(女帝)』にも出演していたジュウ・シンである。
ヴィッキー・チャンは本国ではテレビに映画に活躍し、歌手としてもベストセラーアルバムを出すマルチ・タレントだが、日本にいる僕たちが接した最初の映画は『少林サッカー』、すっかりファンになってしまった。
それからは、スー・チーと美人姉妹の殺し屋を演じた『クローサー』(02年)とか、遣唐使役の中井貴一と共演した『ヘブンアンドアース天地英雄』(02年)とか、最近ではジョン・ウー監督の超大作『レッドクリフ1・2』(08年、09年)で孫権の男まさりの妹である尚香を演じたり・・・。



身長が166cmだから、いまどきの女優さんとしては、小柄な方だ。
人気があれば、ゴシップというかお騒がせも出てくる。
雑誌のモデルで旭日旗とみまごう意匠の洋服で撮影してパッシングを受けたこともあった(「軍旗装事件)。
暴行事件の嫌疑を受けたり、劇太りが話題になったこともあった。
キュートな女優さんだが、この人が一番美しく映えていた作品は、日本ではほとんど話題にもならなかったが、『緑茶』である(03年)。
中国の第6世代監督のひとりチャン・ユアン監督のスタイリッシュな映画だ。
ここで、『紅いコーリャン』(87年)『鬼が来た』(00年)などで評価の高い個性派俳優ジョン・ウェンを翻弄するのが、清楚な大学院生ウー・ファーと妖艶なピアノ弾きランランをひとり二役で演じるヴィッキー・チャオなのだ。
このあまりにも対極のふたりの女性は、同一人物なのか、別人なのか、それとも二重人格なのか。ともあれ、クリストファー・ドイルの撮影で、ヴィッキー・チャンの美しさは特筆物であった。
『初恋の想い出』は05年の作品だが、この演技でヴィッキー・チャンはいくつかの映画祭で主演女優賞を獲得している。



『初恋の想い出』は、『山の郵便配達夫』(99年)、『故郷の香り』(03年)などの山村の情感あふれる人間模様を描いて日本にもファンの多いフォ・ジェンチイ監督の作品だ。
この作品は、舞台は山村ではなく、ある規模の地方都市のようにみえる。
時代は1980年代。これがどういう時代かというと、文化大革命が60年代後半であったが、69年周恩来の混乱の一定の収束後もいわゆる4人組が幅を利かし、ようやく毛沢東が死亡した76年に、華国鋒が四人組を逮捕、文化大革命の終了が宣言されたのが77年8月であった。
80年代はトウ小平が復活し共産党一党独裁はそのままに、経済政策は開放化政策を推し進めた時代である。
天安門事件が89年だから、近代化は促進されたが、若者中心に「自由」を求める気風が醸成されていた時期でもある。
『初恋の想い出』という映画はしかし、当時の政治状況はまったくといいほど描かれてはいない。
幼なじみのチー・ラン(ヴィッキー・チャン)とホウ・ジア(ルー・イー)が住んでいたのは、結構小奇麗な官舎である。
二人は幼く無邪気な(あるいは兄妹のような)恋心を育みながら、いつも一緒、そろそろ大学受験に差し掛かっている。
勉強の得意なホウ・ジアは結構名門であろう東林大学に合格し、チー・ランはその分校にすべりこんだ。



高校卒業の仲間たちのイベントの日、ホウ・ジアは母からチー・ランと付き合うなと一方的に言い渡される。
どうやら、ホウ・ジアの父の死(自殺)に、チー・ランの父親がからんでいるらしいのだが、両家の親は子どもがいくら聞いてもそれ以上のことを言わない。
二人は、大学にいってる間は、親の目を盗んで、交際を続ける。
家同士によって、禁じられた子どもたちの交際。二人は、「ロミオとジュリエット」の物語に自分たちを重ねる。
「ロミオとジュリエット」の本や舞台や映画を見ながら、「禁じられた愛」ゆえに盛り上がり、「命を捨てるか、希望を捨てるか」の選択の岐路にたった二人は、ついに結ばれたあと、薬を飲んで死を企てる。
結局、「心中」は未遂に終わったが、ホウ・ジアは海外に留学、離れ離れになった二人は、「何も言わないのは何も変わらない証拠、何も言わなければ永遠に気持ちは変わらない」と文通を続けるが、あまりに遠い距離は二人の気持ちも疎遠にし、もう年齢も30歳になろうとしていた・・・。



白っぽいソフトフォーカスタッチで、中国版「ロミオとジュリエット」とされる純愛ドラマではあるが、フォ・ジェンチイ監督のいつもの深い風景描写も、切なくなるようなすれ違いもさしてあるわけではない。
けれど、とても興味深かったのは、90年代以降の高度成長、00年以降の産業のグローバル化の手前の時代を描いてはいるのだが、この地方都市の官舎の住民たちの暮らし向きが、リッチとはいえないが、結構中産階級化しているように見えることだ。
官舎もどこか西欧風の影響を受けているし、植栽なども美しい。
大学生活もそれなりにファッショナブルで、ホウ・ジアの母は下半身不随の車椅子生活だが、年金は手に入れており、チー・ランの父は党のしかるべき役職をしているのかもしれないが、兄妹をそれぞれ大学にゆかせ、満足している。
広大な国家であるから、農村部とかもっと地方に行けば、あるいは大都市の労働者群をみれば、貧困がごろごろしていたのだろうが、少なくともこの官舎に住む中産階級的な住民には、まあまあの小奇麗さと衣食住にそれなりに満ちた暮らしが保証されている。
それはたぶん文化大革命以降の、下放の影響も少し落ち着いて、中都市の官舎住まいの大衆生活を象徴している。
そうした中産階級の層としての出現が、逆に「天安門事件」を産む背景のひとつともなっているのであろうが。



にもかかわらず、この80年代は、まだまだ「家」の観念が強固な時代であったということを、改めて感じさせられる。もう、この中産階級は「封建」のなかにいるわけではないが、やはり「結婚」ということになると、親の意向が無視できないものとして現われる。
両家の確執で、当然ふたりの「結婚」はありえないものとされるのだが、いくら「親」と「子」は違うでしょ、と思っていても、ある程度以上は、逆らえない。
「ロミオとジュリエット」にアイデンティファイされながら、二人でここを離れて異なる大都会に行くのを、夢想するばかりである。
ラストシーンで30歳になったふたりは、それぞれ過去の時間を振り返りながら、「もうすっかり年をとってしまった」と、呟くシーンがある。
「この頃の若い人たちはおしゃれで・・・」と。
人も羨むカップルであったのに、まだ30歳の若さなのに、ほんとうはそれぞれを思う気持ちはいまもあるのに、もうはしゃぐこともできないし、熱情的に見つめ合う事もできない。
ほんとうは、「自殺(心中)未遂」のあの日を頂点に、ふたりの「ロミオとジュリエット」は終わったのかもしれない。
あとは、それぞれが親に意地を張りながらも、「初恋の想い出」を複雑に保存してきたに過ぎない。



癌にかかり余命幾ばくもないチー・ランの父は、はじめてホウ・ジアの母に自ら電話をして、帰国していたホウ・ジアを家に寄越してくれと頼む。そして「自殺したホウ・ジアの父の女性に対する<強姦>の告発に、自分が関与したこと」を告白し、謝罪し、党にあてた再調査(名誉復権)を依頼した手紙を差し出し、二人の結婚を認める。
夫の女性(不倫)問題という妻としての屈辱と、「強姦」をでっちあげられたという夫の名誉回復と、しかもその騒ぎの中で自分が交通事故で半身不随になってしまったという、いわば3重の苦悩の中で頑固さを突き崩すことのなかったホウ・ジアの母も、ようやく、チー・ランとの交際を認めることになる。
ここまできてついにふたりに障害はなにもない。
けれど、もうふたりの「ロミオとジュリエット」の熱情は、取り返すことはできないのだ。
いまどきの中国の若い世代にとって、このふたりのような「忍耐」の日々は、アナクロニズム以外のなにものでもないかもしれない。
フォ・ジェンチイ監督はあえて言う。
「時には涙を流さないことが、涙を流すより感動するのだ」と。

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4 コメント

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心の結びつき。 (BC)
2009-10-22 02:38:38
kimion20002000さん、こんばんは。
トラックバックありがとうございました。(*^-^*

ヴィッキーは日本の女優さんで例えるならば
柴咲コウみたいな感じなのかな。

「ロミオとジュリエット」の熱情はもう取り戻せないけど、
“幸せは心の持ちよう”だと気づいた二人の心の結びつきは
確かなものとなったような気がしました。
BCさん (kimion20002000)
2009-10-22 02:52:30
こんにちは。

まあ、僕もミーハーですけどね(笑)

DVDで出ていますが、「緑茶」という作品はごらんになりましたか?
彼女が、とてもいきいきしていますよ。
こんにちは (maki)
2009-10-22 16:33:31
トラックバックありがとうございました♪
どうもこちらからのTB返信が、何度か時間もずらして試しましたがどうしてもエラーになってしまうため
コメントで失礼致します

ヴィッキーがとても可愛らしかったですね
ロミオとジュリエットに例えた自分たちの思いは変わらずとも、
あの頃の自分たちにはもう戻れないという、
少し切ないラストも良かったと思います
甘々しくなくむしろ静かな描写が、「思い出」という取り戻せない過ぎ去った「もの」に合っていましたよね

「緑茶」も気になりますので、レンタルショップで探してみようと思います^^
makiさん (kimion20002000)
2009-10-22 17:16:40
こんにちは。

ちょっと、「喪われた時」が残酷でもありますよね。
一方で、ガルケス作品の映画化の「コレラに時代の愛」を見たところですが、こちらは50余年にわたる「純愛」の持続の寓話ですからね。

いろいろ考えてしまいます。

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