サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

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我究館/杉村太郎(元シャインズ)/47歳

2011年08月22日 | 毎日がメメント・モリ

元「シャインズ」杉村太郎さん死去…47歳原発不明がん


スポーツ報知 8月22日(月)8時3分配信

 

 キャリアデザインスクール「我究館」会長で、「シャインズ」として芸能活動も行っていた杉村太郎さんが20日午前10時46分、原発不明がんのため、東京・渋谷区の病院で死去した。47歳。我究館の関係者によると、ここ数年、闘病生活を送っていたという。

 杉村さんは1987年、慶大卒業後、住友商事に入社。山一証券勤務だった伊藤洋介さん(現「東京プリン」)と「シャインズ」を結成し、89年、現役サラリーマンのままポニーキャニオンから「私の彼はサラリーマン」でメジャーデビュー。コミカルな歌詞を、スーツ姿でスマートに歌って、ヒットした。

 92年、我究館を設立。就職活動を指南する著書「絶対内定」シリーズはロングセラーに。メディア出演も多く、「就職の神様」の異名を取った。

 01年からはハーバード大学ケネディ行政大学院に留学。関係者によると、帰国後、体調を崩していたという。

 通夜は25日午後6時から、告別式は26日正午から、いずれも東京・青山葬儀所で営まれる。喪主は妻・貴子(たかこ)さん。

僕がリクルート関連の仕事にかかわっていたのは、90年代の初頭の頃までだった。
杉村太郎が「シャインズ」でお馬鹿を演じていたのは知っているし、92年の「我究館」の設立や、指南書である「絶対内定」シリーズも知っている。
まあしかし、その頃から、僕の中ではこの「業界」とはいっさいの関係を絶とうということで、持っていた人事部の名刺もたぶん3000枚ぐらいを捨て去ってしまった。
杉村太郎はその後は、キャリア論のなかで、語学の習得や欧米系のスクールへの橋渡しを中心にやっていたと思う。
その後、この業界も大きく変わったようだが、杉村太郎は業界革新者の一人なのでともあれとして、その亜流が山ほど出て、「我究館」を100倍薄めたような「ノウハウ」塾や指南書が乱立した。
それはそれで、無関係な業界となってしまったので、僕は20年近く本屋さんでもそのコーナーには近づかなかった。
ある縁で、昨年ぐらいから、すっかり変わってしまったその業界の人間たちに、ポツポツ会うようにはなった。
僕自身は、「浦島太郎」なのでことさらなにも言うことはないが、そういえばあの杉村君はどうしているの?とある業界人に聞いたことがあった。なんか、体調が悪いらしくて・・・という会話を交わしたのは、数ヶ月前のことである・・・合掌!
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