サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

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草分け/渡辺力(工業デザイナー)/101歳

2013年01月18日 | 毎日がメメント・モリ

モダンな時計・家具…渡辺力さん死去、101歳

読売新聞 1月18日(金)14時12分配信

 戦後日本のデザイン界を先導し、モダンな時計などで親しまれた工業デザイナー、渡辺力(わたなべ・りき)さんが8日、心不全のため死去した。

 101歳。葬儀は近親者で済ませた。喪主は妻、静子さん。

 東京生まれ。1949年に個人事務所を開設し、座面と背もたれを、ひもで組んだ「ヒモイス」で注目を集めた。57年のミラノ・トリエンナーレでは、籐製の家具「トリイ・スツール」で金賞。装飾を極力省きつつ、格調を備えた時計やインテリアなど、日本の生活空間に合ったデザインを幅広く手がけた。60年余り現役で活動し、最近も時計の新作に取り組んでいた。

渡辺力さんのことを思うにつれ、ブルーノ・タウトの影響を抜きにするわけにはいかない。
タウトが日本にやってきたのは1933年商工省工芸指導所の招きだった。
そして高崎の群馬指導所に滞在する時に、渡辺力さんがお世話係のような形で、朝から晩まで同行することになったのだ。高崎の有名なタウトが居住した洗心亭に渡辺さんも下宿する形になった。
バウハウス運動の流れが、日本の工芸に大きな影響を与えた時期である。

渡辺さんが独立されたのは1949年のことだが、彼がデザインしたスツールやテーブルや時計やといったさまざまなものが、現在でも新しく感じる。
工芸という広い範疇から、もう少し絞った制作物として「クラフト」という言葉をあてはめたのも渡辺さんだった。

このプロダクツ製品らは、ながらく定番商品となった。渡辺さんのことを知らない人でも、それらの形状をみれば、すぐわかるはずである。

渡辺さんはもっとも影響を受けたイームズについて、『室内』で長期連載し、後にそれは『ハーマン・ミラー物語 イームズはここから生まれた』というタイトルで本となった。
それは、デザイン・プロダクツにかかわるものたちの、ひとつの教科書となったといってもいい。
100歳になってもまだお仕事に携わっておられた。自分の名前からの「リキ・ブランド」の数々のクラフトを見るにつけ、日本の工業デザインの揺籃期になくてはならない人であったとあらためて思わされる・・・合掌! 

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