サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

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mini review 10437「懺悔」★★★★★★★★★☆

2010年02月03日 | 座布団シネマ:さ行

ソビエト連邦時代のスターリンによる恐怖政治を彷彿(ほうふつ)とさせる、時代の独裁者に翻弄(ほんろう)されたある家族の悲劇と告発を描く一大叙事詩。独裁者を偉大な支配者と呼び、痛ましい真実からは目を背ける独裁政権のあり方を真正面からとらえた。監督はグルジア映画界の巨匠、テンギズ・アブラゼ。ソビエト連邦崩壊前の1980年代に公開されて話題になり、1987年のカンヌ国際映画祭でも審査員特別賞を受賞。極めて社会性の高いテーマを扱いながら、幻想的で芸術的な描写で観る者に深い余韻を残す作品に練り上げた。[もっと詳しく]

寓意と風刺に満ちたグルジアのこの作品は、僕たちに深いため息をもたらす。

岩波ホールのリニューアルオープンは、08年12月末のことであったが、その記念第1作として上映されたのが、テンギズ・アブラゼ監督の『懺悔』であった。
残念ながら、その上映を見れなかった僕は、ようやくDVDで観賞する事になったのだが、とても感銘を受けることになった。
アブラゼ監督は、グルジア映画界の巨匠とされ、「懺悔3部作」ということで、1969年に19世紀のこの地を描いた『祈り』、ついで1977年にロシア革命前を描いた『希望の園』という作品があるらしいのだが、残念ながらどちらも未見だ。
『懺悔』は、ロシア(もしかしたらグルジアのあるカフカース地域)とも思われるようなある市で、スターリン時代とも思わせるようなある時代を想定して描かれた、政治権力と民衆の悲劇にまつわる、きわめて寓意に富んだ作品だ。
この作品が完成したのは1984年12月、そして公開されたのが86年10月、翌年にはモスクワで上映され10日間で実に70万人を動員したという。
そして87年カンヌ国際映画祭審査員特別大賞、国際批評家連盟賞、キリスト教審査賞を受賞することになった。
また、ソ連のアカデミー賞とされるNIKA賞の主要な賞を独占した。



多くの体制批判を根底にした優れた映画がソ連時代に上映禁止となっていた事実を知る僕たちにとって、『懺悔』という作品が、そのような評価を受けたのは奇跡のようにも思える。
しかし、その時代を見れば、まさしくゴルバチョフによるペレストロイカ(改革)とグラヌスチ(情報公開)を二大柱とした社会変革の真っ只中という時代背景がそこにはあったということに思い至らされる。
この作品も、当局の厳しい検閲をくぐりぬけるため、映画ではなくテレビドラマということ(検閲がゆるい)で、撮影を進めたらしい。
そして、アブラゼ監督が根回しに動いたのが、あのなつかしいシュワルナゼ外相(当時)であったのだ。
シュワルナゼは1928年グルジア生まれ、ゴルバチョフと同じく地方党のトップにのぼりつめたが、このふたりは息が合い、85年には中央の政治局員となりついにゴルバチョフの影響下で、グロムイコの後任として外務大臣となったのである。
エリツェンが登場する8月クーデターでは、エリツェン支援をアメリカに働きかけ、また軟禁状態にあったゴルバチョフ救出にも一役買っている。
その後はゴルバチョフとも袂を別ったが、民族独立の複雑な事情を抱えたグルジアに戻り、大統領にまで登りつめている。
最後は、ロシアとグルジア民族紛争の局面の中で、03年失脚を余儀なくされるのだが・・・。
ともあれ、『懺悔』の企画を相談されたシュワルナゼは、全面的に応援をするということで、いろいろ智恵を授けたらしい。



この作品の主役の片割れとなる権力者ヴァルラム市長およびその息子であるアベルをひとり二役で演じたのはアフタンディル・マハラゼという役者であるが、彼の演技がとにかく素晴らしい。
ヴァルラムの造形は、特定の誰かということではなく、権力者一般の戯画化だと監督は言うが、ちょび髭はアドルフ・ヒトラー、髪型はヨセフ・スターリン、メガネはスターリン時代の秘密警察のトップであり内相であったテヴェレンスキー・ベリヤ、服装はムッソリーニを髣髴とさせるような演出がなされている。
ここでも思いおこされるのは、スターリンはグルジアのゴリ市の靴屋の息子であり、またベリヤも同じくグルジアの少数民族の貧農の出であったことだ。
グルジアは西に黒海、北にロシア、チェチェン、周囲がトルコ、アルメニア、アゼルバイジャンに接しているというまさしく民族紛争の坩堝のようなところである。



北海道をちょっと小さくしたぐらいの国土に500万人が居住しているが、もともと多民族国家であった。
もっとも多数を占めるのがグルジア正教を信仰するカストヴェリ人であるが、ソ連崩壊後の93年には北方のアブハジア自治共和国では独立派の攻撃でグルジア人25万人が難民となっている。この独立運動の背景にエリツィンがいたらしい。
アブハジア共和国もイスラム教徒が多数を占めるが、同じくイスラムが多い南オセット自治共和国も独立闘争が激しい。
近隣のアルメニア・アゼルバイジャン紛争も、いまなお燻ぶるチェチェン紛争も、微妙な影響を与え合う。
これらは大きくカスカーフ地域と呼ばれるが、歴史的に多様な民族が混在しており、またそうした地域の民族性を半分無視したような形でソ連時代の国境線が決められていること、地下資源に恵まれていること、そしてやはりスターリン時代にこの地域でも多くの大衆が抑圧され、知識人などが次々とシベリアの収容所に送られたりしている歴史が、ロシア時代の現在にも翳を落としているのである。



「偉大な」ヴァルラム元市長が死に、厳粛に葬儀が行われるが、翌日から三晩続けて墓が掘り起こされ、ヴァルラムの死体が家の前の木にもたれさせてある。
犯人としてケーキづくりの女であるケテヴェン(ゼイナブ・ボツヴァゼ)が捕らえられ、裁判にかけられる。
ケテヴァンは毅然として「彼は墓地には眠らせない、それが私と彼との運命だ」と言い放ち、彼女の8歳からの苛酷な運命が明かされる。
芸術家(絵描き)であった父サンドロ(エディシェル・ギオルゴビアニ)も、美しい母ニノ(ケテヴァン・アブラゼ)もヴァルラムの「進歩と民衆の力」を標榜した専制政治のもとで、命を絶たれたのである。
父が収容所送りになり、その収容所から大量の丸太が運ばれ、その丸太に彫り付けられた囚人番号などの刻印を探して回る8歳のケテヴァンやその母ニノの姿に、深い悲しみが拡がることになる。



けれど、この作品は、そうした歴史的な一齣一齣を悲劇として構成しているわけではない。
あるシーンはコミカルに、あるシーンはシニカルに、あるシーンは神秘性や寓意をたてて、あるシーンは異化効果を存分に使いながら、詩的な寓話のように構成されているのである。
冒頭、ケーキづくりに腕を振るっている女の横で新聞を読んでいた客の男が、「ヴァルラムの死」を知り騒ぎ出す。そして葬式のシーンが続き、先に触れた裁判のシーンから回想が始まる。
資本家の人形が黒く焼かれて空を舞い、吹き上げる水のなかで演説会が開かれ、教会の聖堂は科学実験設備がモダンに置かれ、甲冑の騎士はあらわれる、市長はオープンカーに乗りアリアを独唱する、検事は法廷でルービックキューブをしている、女は死体の前でモダンなダンスを踊り出す・・・といった暗喩、象徴、幻想に満ちたシーンが次々と繰り出されるのである。
オープニングは黒をバックに見慣れぬグルジアの文字であろうか出演者のクレジットが素朴に並ぶだけなのだが、本編がスタートとし、まったくストーリーがどう進むのかわからぬ僕たち観客は、唖然としながらアブラゼ監督の映像に惹きこまれていくのである。



ヴァルラムはある意味で教養人である。
慈悲深いふりもしながら、自分は直接手を下さず、民衆同士を分離させ、裏切りと密告と官僚主義と抑圧をはびこらせながら、悪魔と取引したかのような暗黒世界をつくりあげる。
アブラゼ監督は、単に、社会ファシストであるヴァルラムを断罪するだけではなく、シニカルな寓意を通じて、そうした怪物を生み出すにいたる自分たちの複雑な歴史からくるであろう矛盾、弱さ、哀しさのようなものをとりだそうとしているように思える。
ラストシーンで老婆がケーキをつくっているケテヴェンに窓越しに「この道は教会に行くのかね?」と問いかける。
ケテヴェンは「この先に教会はないわ」と答える。
老婆は「教会のない道なんて、道じゃない」と呟く。
その道は「ヴァルラム通り」と名づけられている。
グルジアの現代史を暗喩したこの作品は、グルジアあるいはロシアという枠組みを超えて、現在のどこの世界にも通用する普遍性を強度に有している。
アブラゼ監督の『懺悔』三部作の、残り2作をぜひとも見なければならない。

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