サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

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mini review 06147「博士の愛した数式」★★★★★★★★☆☆

2006年05月14日 | 座布団シネマ:は行

50万部を超えるベストセラー小説を原作に、『雨あがる』『阿弥陀堂だより』の小泉堯史監督が映画化した感動のヒューマンドラマ。交通事故で記憶が80分しか続かない天才数学者の主人公を、小泉監督と3度目のコンビとなる寺尾聰が静かに力強く熱演。彼の世話をする家政婦に深津絵里、彼女の10歳の息子に子役の齋藤隆成。家族にも似た関係性の中で人を愛することの尊さを問いかける。彼らの心の機微を美しく切り取る映像美も味わい深い。[もっと詳しく]

丁寧に丁寧に、話し言葉が書き言葉に、置き換えられていく。

 小説を原作にした映画作品は多くあるが、僕は、ここ数年の邦画で、これほど原作がもっている気品を大切にしながら、当の作家も感動するような、映像化に成功した例を知らない。
書き言葉を、話し言葉に。それは、簡単なように見えて、そうではない。
また、季節や、背景や、小道具や、つまりあらゆる舞台装置を小説家は読者にイメージ化させようと文章で工夫する。
映画は、映像で、一瞬にして了解させる。
あるいは、登場人物たちの生い立ちや相互関係を、小説家は読者に情報として伝える。
映画は、役者の仕種やまなざしを通じて、豊饒に語りかける。登場人物の感情の持ち方や揺れについても同じである。



黒澤明の薫陶を受け、その黒澤の遺稿脚本を映画化した「
雨あがる」続いての「阿弥陀堂だより」。この2作でたぶん邦画に多くの観客を戻すことに成功した小泉堯史監督、そしてその監督を支える優秀なスタッフたち。
かれらは、本当に、まじめに、映画が与える感動というものを、信じてやまないのだ。

文学の終わりも、映画の終わりも繰り返し説かれているかもしれない。すべての手法は、やりつくされたのかもしれない。しかし、映画を撮ることに意味はある。
「感動」というものの在り方は、まだそんなに、捨てたものではないし、すべてが解き明かされているわけではないからだ。
そこでは、当然のこととして、対象となる原作や脚本が大切だ。そこに、深い本質的な感動があるならば、私たちは、それを映像作品にすることに自信を持っている。なにより、黒澤組だ。
そうしたスタッフの強烈で静かな確信が、いやおうなしに観客に伝わってくる。



小泉監督は、
小川洋子のこの小説には、自分の好きな言葉が散りばめられていると語っている。
「潔い、孤高、静けさ、調和、清明、魂、慈しむ、敬う、安心、直感、おかげ、素直さ、毅然、無事・・・・」 。
どれも、平易なありふれた言葉だ。しかし、この平易な言葉は、すべて、僕たちの、日常の場面での立ち居振る舞いに、垂直に下りてくる言葉だ。どの言葉も、ないがしろにできない、場面、場面での、普遍性を持っている。

小川洋子は、こうした平易な言葉を織り成しながら、この小説では、きわめて詩的な暗喩とでもいうべき数学用語を、意識的に散りばめている。
階乗、
素数完全数友愛数、虚数、オイラーの法則・・・。
僕たちは、その数学的意味を、小学生にかえったかのように、あるいは、学問から遠く離れた一介の生活者の慰みのように、聞くことになる。すぐに、吸引される。上質な音楽のように。

物語は、「僕の記憶は80分しか持たない」という老数学者である博士(寺尾總)、その義弟を見守る初老の姉(浅丘ルリ子)、そして、10歳の息子(斉藤隆成)とともに、母子家庭の孤独な日々をまっすぐに生きてきた平凡な家政婦(深津絵里)という、たった4人のおりなす、宝石のような寓話で成り立っている。



50万部をこえる支持を集めたこの作品を映画化するにあたって、小泉監督たちスタッフは、原作をどのように、改変したのだろうか。
いくつかのエピソードの置換、付加、省略といった当然の作業をのぞけば、驚くほど原作に忠実である。
しかし、ひとつ、大きく異なっている点がある。
小説では、全体の語りは、家政婦である杏子に委ねられている。杏子のみた老数学者の生態が親和性をもって、描かれている。少年の心理もまた、杏子を離れてはいない。
しかし、映画では、頭のてっぺんが平らなことから、博士に親愛を込めて√(ルート)と名づけられた10歳の少年が、数学の教師となり、はじめての教室で、自己紹介ということで、博士との不思議な出会いと体験したできごとを「数学概念」の説明とともに、生徒に語り始めるという設定になっている。

小説では、終章に、次のように描写されている。
『「ルートのような素直さを持ってすれば、素数定理の美しさは更に輝く」博士の幸福は計算の難しさには比例しない。どんなに単純な計算であっても、その正しさを分かち合えることが、私たちの喜びとなる。「ルートは中学校の教員採用試験に合格したんです。来年の春から、数学の先生です」私は誇らしく博士に報告する。博士は身を乗り出し、ルートを抱き締めようとする。持ち上げた腕は弱々しく、震えてもいる。ルートはその腕を取り、博士の肩を抱き寄せる。』



この、語り部の設定の変更が、この映画の成功の鍵だと、僕には思える。
ひとつは、ルートが語る不思議な物語と数学の概念的詩情が、はじめての授業で引き込まれる生徒と同じように、観客である僕たちにも、謎解きのような興味で、主題である、数学(数式)の魅力と老数学者の独特の立ち振る舞いを了解させるからである。もし、こんな「授業」を受けたなら、誰でも、入り口で、数学を嫌いになることはないはずだ。たぶん、観客は、だれしもが、そう思う。

もうひとつは、「80分しか記憶が残らない」という事故の後遺症から来る物語の特異性によって、この4人にだけ訪れた寓話であるという位置から、ルートが生徒(観客)に語って聞かせることにより、より、普遍的な物語、宝石のような宇宙の秘密、誰にも等しく与えられた神様からの秘密の贈り物というように、物語が開かれたことだ。あたかも、真理は単純であり、単純は美しい。それを現すのが、数式なのだ、というように。もしかしたら、私がルートであったかもしれない、と観客は錯覚する。



この物語にでてくる美しい数式の数々。
なかでも、博士と未亡人の悲劇をも含みこんで、この物語、いやこの世界の真理とも言える数式が、提示される。
オイラーの法則。《e(πi)+1=0》。
指数関数と三角関数を結びつけるこの公式が、ルートの最初の生徒たちへの授業で、この物語とこの世界の秘密を、とてもやさしく、暗喩として提示されるのだ。
そのあとの物語は、この公式をめぐる、温かい寓話を解き明かしていくようなものだ。
こうした導入は、小説世界では困難だ。まさに、映画の特筆される表現手法なのだ。

 

丁寧に、丁寧に、このスタッフたちは職人的に、小説世界を映像シーンに置き換えていく。
舞台となった博士の部屋も、その一例だ。僕は、その造型を見て、本当に心底、感心した。実に丁寧な映像的再現である。スタッフが愛情を持って、この作品を読み取らなければ、こうした美術や小道具や書割で、部屋の造作ができようはずがない。

音楽で参加した
加古隆、そしてソプラノを聞かせる森麻季も特筆したい。
役者に関しては、文句のつけようがない。
特に、深津絵里は、心の向かい方が聡明さの本質であることを、家政婦であり、シングルマザーであり、という位置からすがすがしく演じて見せた。拍手を贈りたい。



幸福な時間というものは、決して、記憶の総和だけから、くるものではない。
この宇宙(世界)の真理は、誰にも等しく開かれてある。
このつつましやかな母子は、老数学者のおかげで、その幸福を少なからず体験することができた。
絶望の運命を背負わされた老数学者も、この母子のおかげで、奇蹟のような、精神的な平衡を保つことができた。見守る未亡人もまた。
そして、彼らが愛した数式は、たぶん、どんな時代のどんな境遇の人たちにも、すでに、与えられて在るのだ。
なんの、功利も発生することはない。
だからこそ、神秘に満ちているのだろう。


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92 コメント

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丁寧な仕上がりの作品でした (たろ)
2006-05-15 02:13:48
こんばんは。

弊ブログへのトラックバック、ありがとうございました。

こちらからもコメントとトラックバックのお返しを失礼致します。



この映画は場面と丁寧に重ねて作られており、数字の持つ暖かさや不思議さを自然と感じる事が出来ました。

そして、博士との触れ合いから吉岡秀隆さんが演じる先生となったルートさんが授業で思い出を振り返る構成もとても良かったと思います。



また遊びに来させて頂きます。

ではまた。



たろさん (kimion20002000)
2006-05-15 14:33:18
コメントありがとう。

映画は、ユーモラスで、誰でも、入り込めるように、つくられていましたね。感心しました。
TBありがとうございます! (ハッピーYO)
2006-05-15 20:29:15
 読み応えのあるコメントですね。設定の変更については、私も同感です。

 この映画の完成度、芸術的な高さは、最近の日本映画の中でも随一だと思っております。

 本当にいい映画に巡り会えたという印象を今も引きずっております。

 また、遊びに来てください。
TBありがとうございました (ミチ)
2006-05-15 21:02:36
こんにちは♪

原作がとても好きだったので映画化はちょっと心配していました。

でも、原作の雰囲気を壊さないように監督がとても丁寧に作ってくださったと思います。

原作では理解しづらかったかもしれない数式というものを、映画では小道具を使いながら視覚的に分かりやすく説明してくれたのがとても効果的でしたね。

ラストにキャッチボールをする寺尾さんがちょっとだけ若々しすぎたのもご愛嬌!?
コメント多謝 (kimion20002000)
2006-05-15 21:10:45
>ハッピーYOさん



こんにちは。僕も、完成度の高さに驚きました。地味な映画なんですけどね。心が洗われます。



>ミチさん



こんにちは。ラストで、ちょっと年齢の設定が合わない気がするけどね(笑)。原作では、記憶時間の8時間もなくなって、最後は施設に入りますね。

だけど、そこに、未亡人と、家政婦と、ルートが訪ね、そのたびに、キャッチボールをするという設定になっていましたね。
Unknown (pinyon)
2006-05-15 21:24:16
TBありがとうございました。

久々の正統派TBで嬉しいです。

pinyonさん (kimion20002000)
2006-05-15 23:06:09
こんにちは。

正統派かどうかわかりませんが(笑)

これからも、よろしく。
原作読んでからもう一度・・・ (にゃんこ)
2006-05-15 23:31:33
kimion20002000さんの記事読ませていただいてたら

原作読んでから、じっくりDVD鑑賞したくなってきました(笑)

TBありがとうございました。
TBありがとうございます。 (まり)
2006-05-15 23:38:59
こんにちは。TBありがとうございました。

原作も映画も、人生と自分自身に丁寧に生きている人たちの物語だと思いました。

自分に丁寧な人はことばもきれいです。

物語自体の美しさもありますが、その物語はひとりひいとりの丁寧な生き様で表されているのだと思います。



ところで、こちらの事情で現在、TBのお返しができない状態です。申し訳ありません。

サーバーの状態が良くなったら、必ずお返しさせていただきます。ありがとうございました。
原作も読みたいなぁ・・・ (KAZE)
2006-05-15 23:59:44
はじめまして、TBありがとうございます。



丁寧な記事を読ませていただいて、また感動がよみがえります。



深っちゃんよかったなぁ!

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