サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

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mini review 10461「アバター」★★★★★★★★☆☆

2010年06月10日 | 座布団シネマ:あ行

『タイタニック』のジェームズ・キャメロン監督が12年ぶりに発表した、最新の映像技術を駆使して作り上げたアドベンチャー大作。ある衛星にやって来た人類と、その星にもともと住む者たちによる激しい戦闘を、迫力の最新3D映像で見せる。出演者は『ターミネーター4』のサム・ワーシントンほか、キャメロン監督とは『エイリアン2』以来久々にタッグを組むことになるシガーニー・ウィーヴァーら実力派が顔をそろえる。構想14年、製作に4年をかけたキャメロン監督による壮大な物語と斬新な映像美に酔いしれる。[もっと詳しく]  

キャメロン監督の「オタク」度は、世界一贅沢で、それはそれで◎だ。

『タイタニック』で興行史上のあらゆる記録を塗り替えたジェームズ・キャメロンは、その直後『アバター』のモチーフを抱えていた。だから構想十四年、製作四年という触れこみは嘘ではない。
もともと1994年、まだ『タイタニック』が世に出る前に、キャメロンは『アバター』となる作品の着想を80Pにわたる脚本を書いているからだ。
そして97年夏に撮影を開始する予定であったが、実際は10年近く遅れている。
世界で一番の興行収入を期待できるキャメロン作品が、資金調達で躓いたとはとても考えられない。
遅れたのはキャメロンのオタク性としか考えられない。
着想は「人造人間」がテーマである。別に珍しいものではない。
ただキャメロンはいまだかって我々が見たことのない映像を、創作したかったのだ。
そしてキャメロンは3D映像にこだわった。
しかし、90年代の3D映像技術は、キャメロンのオタク意識を満足させるものではなかった。
あくまでも技術面の話である。
そしてキャメロンが自身で開発したシステムが「フュージョン・カメラ・システム」。1台のカメラ本体に2台のハイ・デフィニッション・カメラを使用することで、従来の3Dにはなかった「奥行き感」のある3D映像を表現することに成功したのだ。これを創り上げたのがようやく2006年9月のことだ。
そしてその他のさまざまなテクノロジー面の確証を得て、2007年1月、フォックスは、同社の『アバター』を24フレーム/秒の3Dで撮影すると発表したのだ。
併せてキャメロンは、映画がCG合成キャラクターと実写環境をフルの実写撮影と組み合わせたものになると説明した。
08年4月から、撮影が開始された。



ミニ映画館のインディペンダントな映画をなるべく応援したいなと思っている僕だが、逆に超大作映画に対しては、その映像体験を極限まで持っていってほしいという気持を持っている。
中途半端なハリウッド、メジャーの大作映画に対して、失望を評しているだけであって、百億でも数百億でもどんどんかけたらよろしいという気持ちを人一倍持っている。
そしてどうせとんでもない予算を使うとしたら、人一倍凝り性(オタク)な監督に、使って欲しいと思っている。だから現在ではキャメロンがその最右翼であるのだ。
アカデミー賞で元パートナーのキャスリン・ビグロー監督と一騎打ちになったということなども、日本にいる僕たちにとっては、ああ、そうですかというぐらいのものだ。
ともあれ、キャメロンのこだわりだけが注目なのだ。
押井守にして「10年かけても追いつけない」とため息を吐かせたことがすべてである。
僕たちは少なくとも映像体験ということにおいては、『アバター』という作品の以前と以降は、もう戻ることが出来ないひとつの分水嶺に来ているのだ。



『アバター』という作品に関しては、無数の角度から批評することが出来る。
発表直後からそうだが、ここ数年はともあれその無数の論評を眺めればいいだけだ。
いまからそれに付け加えることはあまりない。
テーマとすればどのようにも深読みが出来るし、小学生にもわかる単純なエコ惑星物語と片付けることも出来る。
アメリカ・インディアンの価値観に肩入れした『ダンス・ウィズ・ウルブス』を宇宙空間に置き換えただけじゃないのと言われればその通りだし、『もののけ姫』のアニミズム礼賛にリスペクトしてますね、と言われれば誰も否定するものはいないだろう。
けれども3D映像がどうのという次元以前に、僕たちが喜んだのは、キャメロンの細部をないがしろにしない、というよりたった数秒でしかない細部にいやになるほど拘るというキャメロンの「オタク性」に対してのことなのである。



2154年、アルファ・ケンタウリ系惑星のポリフェウスという惑星の衛星であるパンドラ。地球はもう人口が増加し過ぎて、収拾がつかない悲惨な状態となっている。
パンドラで採取できるアンオブタニウムという希少金属にスカイピープルと呼ばれる地球人は執着している。
しかしこのパンドラは酸素が欠乏しており、体長3m、尻尾があり、青い皮膚を持つナヴィと呼ばれる人間に似た生物の抵抗にも合っている。
スカイピープルは、DNAレベルの遺伝子を掛け合わせたナヴィの「アバター」を意識レベルで操作して、ナヴィを手なずけようとする。
白羽の矢がたったのが、遺伝子提供をしたが急死した双子の兄を持つジェイク・サリー(サム・ワーシントン)であった。ジェイクは海兵隊員で負傷して下半身損傷で車椅子を使用している。
キャメロン監督とは『エイリアン』以来のセッションであるシガニー・ウィーバー演じるグレイス博士は、パンドラという惑星の神秘に惹かれており、希少金属狙いで傭兵を抱えるRDN社とは対立している。
ジェイクは科学者でもなく、「アバター」とのリンクの経験もなく、ただただ兄と遺伝子がほとんど同じなので、莫大な投下資本の回収のため代替させられただけなのだがそのジェイクをグレイス博士はさほど期待もせずに引き受けることになる。
一方で、ジェイクも自分のミッションをあまり理解しているわけではなく、ただ報酬がよく失われた下半身の手術費用を稼ぐために参加したみたいなものである。
RDN社に雇われた傭兵隊長(ステーヴン・ラング)は、海兵隊上がりの優秀な戦士であるジェイクを偵察要員として利用しようとするのだが・・・。



『アバター』という作品のひとつの主題は、傷病兵士であるジェイクの「転向」物語である。
ジェイクは兄と違って科学者ではなく、歴戦の海兵隊員だ。自分のアバターとリンクし、ジャングルを駆け巡ることに夢中になる。アバターによって下半身を得ただけでなく、未知の身体能力が獲得できたのだから夢中になるのも無理はない。
しかしパンドラには地球ではお目にかかれないような生物が存在し、ジェイク=アバターは攻撃に晒される。そしてナヴィ族の族長のエイチュカンの娘であるネイティリと出会うことになる。
ネイチェリによって、パンドラという星についてジェイクは学びながら、次第にネイチェリに惹かれるとともに、パンドラの固有な魅力にはまっていくことになる。
その分だけ、スカイ・ピープルの力による侵略主義に疑問を持つことになる。
なんとか平和裏に血を流さない形で解決策を見つけようとするが、傭兵隊長以下スカイ・ピープルはナヴィが崇拝する象徴としての「魂の木」を攻撃することになる。
それはすなわちナヴィ族に対する正面からの宣戦布告であった。



SFの作品群を読みなれている者にとってはとりたてて珍しい道具立てではないのだが、『アバター』という作品の世界観で提出されているのは、この衛星そのものがジャングルの森林(植物系)の神経線維ネットワークでひとつの生命体のように暗喩されているところである。
「魂の木」もそのひとつの結節点(サーバー)のようなものであり、その生命体は「エイワ」と呼ばれている。
「エイワ」は言ってみれば「汎神」的存在であり、僕たちから見ればアニミズムとして捉えたくもなるものだ。
一神教としてのキリスト教の「正義」と「力」の観念の対極に想定できる、フラジャイルな形でしか現れない「惑星生命体」と言っていいものだ。
そして現在の地球環境に対する人間のエゴイズム、近代産業主義、力による警察主義に対する批判としてパンドラがあり、ナヴィ族という存在があり、ジェイクの「転向」がありという物語構成は、小学生にもわかる単純なエコロジカルな思想の標榜であることは間違いない。
もちろんキャメロンはあえてこうした単純な構図に当てはめているのである。そしてその世界観にこの作品の優れた達成があるわけではない。
そのことはくれぐれも誤解するべきではない。



スカイ・ピープル(人類)とナヴィ族+転向したジェイクとの戦争の火蓋が落とされる。
けれどもそれは、3D映像としてみれば、なかなかエンタテイメントな戦闘シーンではあるのだが、別に僕たちの持っている近代戦争のイメージを超えるものではない。
本当をいうならば、せっかくの「エイワ」という概念を大切にしたいのならば、単純に高磁場による近代兵器のセンサーを役立てなくさせるということだけではなく、もっと意識そのものに働きかけた<無血>戦争に導くような遣り方もあったかもしれない。
あの傭兵隊長でさえ、そのコンプレックスからくるような戦闘意識そのものが無化されてしまうような。もちろん、『ソラリス』的な手法ではとてもとても地味な脳認識論となり、こういうエンタテイメントな戦闘シーンが現出されないのでどうしようもないこともわかってはいるのだが・・・。



僕にとってはあくまでも『アバター』の魅力は、神経系の触手によって一瞬に存在の共棲を果たすところである。
それは、ジェイクの「転向」の核心部分でもある。
六本足の馬のような生物であるバリーもそうだし、翼竜として一生のパートナーとなるイクランやその究極の形であるトゥルークもそうだし、多くの光る植物群やその中心存在である「エイワ」そのものも、ナヴィ族やそれに擬したアバターにとっては、触手のような「フィーラー」の存在があってはじめて接続されるのである。
もちろん古代人やインディアンが「麻薬」の力を借りたかどうかは別として、「聖」なる存在にリンクするのと同様のことである。
たぶん僕たちが失ってしまったことは、「フィーラー」と呼ばれるある種の信号系の「情報交換能力」なのだ。
そしてキャメロンのオタク度は、架空の生物系や植物系の造りこみに見事に顕れている。生物学者や植物学者などと、オタクな議論をしながら設定をデッサンしていくところが想像されてこちらまでワクワクしてくる。
あるいはそんな生態系とは対極にある、機能一点張りのスカイピープルの工作機械や武器や車輌や飛行体のロボット技術の粋がこめられたような物体の数々。
こちらはこちらで、科学オタク、武器オタク、ロボットオタクたちの、興奮を呼び起こすのである。
このあたりのつくりがちょこざいな監督には、オタクたちは苦笑するしかないのだ。



『アバター』は続編が撮られるだろう。サム・ワーシントンはすでにシリーズのあと二本分の契約を済ましているようだ。
どちらにせよ、今回も世界最高の興行記録をあっという間に打ち立てたわけだから、ここ数年の映像的達成の一方の極は、キャメロンを抜きにしては考えられない。
ストーリー的に見れば、とんでもない続編を構想しているのかもしれないが、そのことにそれほどの期待があるわけではない。
『アバター』でいえば、もっとも好きであったのはパイロット役のミシェル・ロドリゴスだ。
『ガール・ファイト』以来、『ワイルドスピード』シリーズ、『バイオハザード』『S.W.A.T.』などどの作品でも「男前」の演技をして、嬉しくてしょうがない。
今回はヘリコプターそのものと一緒に戦死してしまったようなのだが、続編で「実は脱出して生き残っていましたぁ」などとのサービス精神をぜひとも見せてもらいたいものである。

 


 

 

 

 

 

 




 

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10 コメント

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続編 (KGR)
2010-06-13 19:26:37
TBありがとうございます。

「続編」
ありますかね?
(期待はなくはないけど)

最近は実際に撮るかどうかにかかわらず、続編の契約をするケースが多いようです。
契約はしておきながら、続編の計画がぽしゃった例はいくつもあります。

ただし、続編が中止になるのはたいていは興行的にうまくいかなかった場合ですが、
「アバター」はあまりにもすごすぎて、逆に続編が作れない気がします。
KGRさん (kimion20002000)
2010-06-13 19:57:57
こんにちは。
キャメロン監督は、原爆をテーマにした社会的な一本の映画をまず撮ると発表していましたけどね。
このシリーズは、さてどうなるでしょうか。
一瞬? (sakurai)
2010-06-14 08:32:14
違うとこにお邪魔したのかと思いました^^;

映画館でご覧になったのですか?ブルーレイ?
3Dの真の必要性がいまいちぴんとこないのですよ。
立体感というより、奥行きが出てる・・・くらいに感じて。
まあ何はともあれ、映像に一大革命と大きな足跡を残したのは確かで、その転機転機にキャメロンが名を残している。
ここまでオタクを極められると、まいった!というしかないですね。
sakuraiさん (kimion20002000)
2010-06-14 10:07:27
こんにちは。
ちょっとテンプレートをよりシンプルなものに意味なく替えてみました。
この作品は劇場3DとDVD2Dの両方で見ました。
かなり手を入れているというブルーレイ2Dは見ていません。
こんにちは (latifa)
2010-06-15 08:53:42
kimionさん、テンプレート新しくされたんですね。前のも良かったけれど、私はこちらのほうが、より一層良いな♪って思いました。

で、この映画・・・
面白かったんですが、どうもみなさんよりは自分はそれほどには・・・だったのです・・。

凄い前からキャメロン監督は構想を練っていたのですね・・・。
latifaさん (kimion20002000)
2010-06-15 09:50:03
こんにちは。
興行的には化け物映画ですからね。
一方の極として、そのことの意味を考えればいいのかな、と思います。
こういう映画が成立しないと、キラリと光るインディーズや問題作もまた、成立しないような気がするんですね。
こんにちは (de-nory)
2010-06-16 07:48:38
kimion20002000さん。
いつもありがとうございます。

いろんな意味でキャメロン監督のこだわり、おっしゃられる「おたく度」が高いからゆえの作品ですね。
3Dの件も含めて、映画史に名を残す作品では内科と思います。
本当に3Dがメジャーになってしまいました。
de-noryさん (kimion20002000)
2010-06-16 11:46:16
こんにちは。
3Dは劇場でも家庭でもここ数年で進化するでしょうね。2Dデジタル撮影も、五割り増しぐらいのコストで3D処理ができるということだから、ある種の作品群は、最初から両方でリリースできるように設計されるんでしょうね。
弊記事までTB&コメント有難うございました。 (オカピー)
2011-01-08 20:43:27
>逆に超大作映画に対しては、その映像体験を極限まで持っていってほしいという気持を持っている。

僕も同じ考えを持っています。
中途半端なCG映画は、CGを見せることを前提にお話をでっちあげ、その割に映像も大したことがなく退屈するので、批判することが多いのですが、この「アバター」クラスになると、話は全く別ですね。
34年ほど前「スター・ウォーズ」から受けた感動も本作に負けていないでしょう。

ただ、人間には想像力があるので、カラーでなくても、リアルなCGでなくても、3Dでなくても、場合によってはそうでないほうが感動を増幅する、とも思っています。
こんな映像ばかり観ていると、却って想像力ひいては理解力まで減るのではないかと危惧しないでもないです。
オカピーさん (kimion20002000)
2011-01-08 22:25:50
こんにちは。

>こんな映像ばかり観ていると、却って想像力ひいては理解力まで減るのではないかと危惧しないでもないです。

そうですね。光と影のモノクロームの映像から、豊潤な色彩が浮かんだり、沈黙の静寂の中ではっきりと生命の息吹が感じられたり・・・それらはひとつの映像による魔法のような体験ですからね。

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