サーカスな日々

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mini review 06132「マザー・テレサ」★★★★★★★★☆☆

2006年03月11日 | 座布団シネマ:ま行

人々に愛と希望を与え続けたマザー・テレサの真実の姿を描いた人間ドラマ。監督はイタリアで数々の作品を手がけているファブリツィオ・コスタ。主演は『ロミオとジュリエット』のオリビア・ハッセー。共演は『オペラ座/血の喝采』のセバスティアーノ・ソマ、『息子の部屋』のラウラ・モランテ。オリビア・ハッセーの渾身(こんしん)の演技に心を打たれる。[もっと詳しく]

「愛の反対は憎しみではなく無関心」と、マザー・テレサは確信する。

 この映画は、伝記である。
伝記を見るときには、その生涯の年譜をみることで、全体をまず俯瞰することができる。
生まれてから、死ぬまで、彼ないし彼女を成立させている「核心」になるものが、きっとあるはずだ。
どういう環境で幼いときを過ごしたのか?
思春期の揺れ動く心をどこで定着させたのか?
思想はどういう経路で形成されたのか、また転回したのか?
自分の「家族」をどう構築したのか、あるいはしなかったのか?
挫折とどこで向き合ったのか?
老いや死という不可避なテーマとどう向き合ったのか?
つまるところ、すべての人は「複雑」であるということを承知しながら、いったいこの人の生涯の「核心」は何なのだろう、一言でいえばどういう言葉で形容できるのか、と僕は伝記や伝記映画に接すると、いつも思ってしまう。



任意に「
マザー・テレサの年譜」をみることにする。
1910年、マケドニアの地に、アルバニア商人の熱心なカトリックの子供として生まれる。
資料によれば、アルバニア人の多くがイスラム教徒である。そして、マケドニア地方には、古くからマケドニア正教が浸透している。
そして12歳にして、すでに彼女はインドで修道女になることを希望している。
テレサのともすると愚直なようにみえながらとても交渉が巧みであること。
自らの宗派にとらわれることなく、宗派のモザイクを超越していたこと。
そして、意志やヴィジョンを貫き通す姿勢。
そうした「資質」の由来が出自からも想像できる。

1928年、アイルランドのロレッタ修道会に所属し希望通りインド、ダージリンの修練院へ。
31年カルカッタのカトリック系スクールに赴任し、歴史と地理を教え、後には校長まで勤めることになる。
この時期、修道名としてシスターテレサとして命名される。
映画の冒頭の、小奇麗で快活なスクール(修道院)。そこはけれど、「隔離された西欧」といってもいい。
その矛盾は、イスラム対ヒンズーの争いの負傷者を施設で治療し、修道院長から叱責され、謹慎させられる場面に通じる。



1946年、テレサの大きな転機が訪れる。「神の召命」(神の声を聴く)だ。
これは、テレサの生涯の「秘密」となる。
テレサは、修道院を出て、貧しい人の中に入ることを決意する。
映画では、汽車に乗り込む前、混雑するホームで苦しみ倒れている男との出会いで「神の召命」を象徴させている。
男はテレサを見て喘ぎながら言う。
「私は渇いている・・・・」。
テレサはその男からなかなか離れがたい。

ここから、テレサの「怒涛の猛進」がはじまることになる。
周囲の誰もが不可能だと諭す。しかし小柄なテレサは迷わない。頑固だ。
属した修道院からも、インドの教会からも、世界のカトリックをマネージするバチカンからも、地元の行政や小役人からも、棲み分けの安定を脅かされる他宗派からも、そして表層的にスキャンダルをでっちあげようとするマスコミからも。
もっといえば、「慈悲」の名目に捨て置かれ無気力になっている群衆からも、そしてテレサが名声を得て影響力を持つにつれ、そのパワーを組織化しようとする「味方」からも。

すべてはあの「私は渇いている」といったイエス・キリストと、そして「もっとも貧しいもののなかに神は宿る」という確信の前には、どうでもよいことなのだ。
この「確信力」こそが、マザー・テレサの生涯の「核心」にあるものと言ってもよい。
「富の中から分かち合うのではなく、ないものを分かち合う」。
朝は4時から深夜まで、テレサは無償で尽くす。
その実践の確信力が、周囲に伝播する。
テレサは、走りながら考え、躓き、また走る。



1948年 ローマ法皇に修道院を出ることを申請。スラムで「青空教室」スタート。
1950年 インドに帰化。12人のシスターとともに「神の愛の宣教者会」発足。
理念はいたってシンプルであり、「貧しい中の最も貧しい人に仕える修道会」である。
1952年 「死を待つ人々の家」開設。コレラの人にも手を差し伸べる。
1955年 「聖なる子供の家」開設。
1957年 「ハンセン病」巡回開始。
1965年 はじめての国外施設をベネズエラに開設。
1968年 西ベンガルに「平和の村」開設。
1975年 学校・作業所・病院をもつ複合センター「プレム・ダム」開設。

誰も、テレサを止めることはできない。
そして、テレサが死を迎えるとき、メンバー4000人、123カ国610ヶ所の施設で、「テレサという思想」が実践されていることになる。

1982年には、イスラエルとパレスチナの高官に掛け合って武力衝突を一時中止させ、ベイルートの病院の患者を救出という離れ業まで演じている。
こんなことは、カーターやキッシンジャーにもできない。
世界中の善意の人々も権力者も知識人も、もうテレサの存在を無視できない。
多くの賞が与えられた。

1979年、ノーベル平和賞満場一致(めったにないこと)で選出。テレサは晩餐会を断り、賞金6000ドルは躊躇なく全額寄付した。
1996年にはアメリカ名誉市民(現在までにたった6人)。
1997年に「もう息ができないわ」との言葉で死去したが、インドでは国家元首でも首相でもないのに、異例の国葬が執り行われた。
世界中に衛星放送で放映され、僕もテレビに食い入るようにして観た。
死後2003年、教皇ヨハネ・パウロ2世は、マザーテレサを祝福し「福者宣言」を出した。死後6年で異例の早さであり、通常は死後50年、列福には100年を要するという。

しかし、マザー・テレサには、地上の祝福や名誉などどうでもよかった。
パーティでは、いつもミネラルウォーターを指差し、これはいくら?と聞くのだった。
3ドルと応えられると、彼女は首を振り、足早にそこを去るのだった。
ノーベル賞の受賞の言葉。
「わたしは受賞に値しないが、世界の最も貧しい人々に代わって賞を受けました」。
そして「受賞後も、朝4時に起床、シスター達と一緒に、路上生活者やごみ捨て場に捨てられた幼児を施設に連れてくるといった生活をほとんど変えずに行い続けた」という。



映画の中で、晩年、膨張した自らの組織の会議室に座らされたテレサは、「今日で私は組織を降ります」と言い放ち、居並ぶ理事達が慌てるシーンがある。
30年間、苦楽をともにしてきたバチカン出の神父は、いつも、テレサに組織を有効に動かすよう「規約」などの必要性を説いてきたが、彼も行動をともにする。
「テレサの言ってきたことが、30年ぶりにようやく理解できたよ」と呟いて。

テレサは、組織を頼まない。
ベンガル農民が着る貧しい白いサリーに、水色のふちをとり、肩に十字架。
白は清らかさの色、青は聖母マリアの色。
たぶん、少女のときから、その制服を思い描いていたのかもしれない。

なんにもいらない。ひとつの綱領さえあれば。シンプルこそが強い。
「飢えた人、裸の人、家のない人、体の不自由な人、病気の人、必要とされることのないすべての人、愛されていない人、誰からもケアされない人のために働く」 。
テレサは1981年、82年、84年と3度、来日している。
豊かな日本をみて、彼女は何を思ったか。
日本でも、合間をみつけて、都市の路地裏やうらぶれた公園を急ぎ足で歩き、行き倒れの人やホームレスに駆け寄ることをやめなかった。
日本でのインタビュー。
「世界平和のために私たちはどんなことをしたらいいですか?」
テレサは静かに言った。
「家に帰って家族を大切にしてあげてください」。



この映画のオリビア・ハッセーを含むキャストもよく高熱のスリランカなどでの撮影をやりきった。
オリビアは36歳から87歳までを演じた。つけ鼻などメイクには連日4時間かかったという。
8000人のキャストに200人のスタッフ。衣装だけで4000着をあつらえたという。
そして、僕たち、観客。
テレサの生涯は誰にも真似は出来ない。
けれど、テレサの「核心」に触れようと少しでも想像力を働かせることは、きっと誰にも出来ることなのだ。


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TBありがとうございました。 (猫野トクコ)
2006-03-13 13:09:15
マザーの年表まで、ブログに載っていたので、

すごく分かりやすくて、勉強になりました。



kimionさんは、

映画を本当に沢山見られてるんですね;・ロ・)!!



また、ちょくちょく、参考に遊びに来たいと思います。



では、また
猫野さん (kimion20002000)
2006-03-13 13:14:00
コメントありがとう。

小説とか、評論とか、含めて、およそ「表現」の範疇のものは、それを生み出す当人の「人生」が反映されているんだ、と僕は考えています。だから、年譜から、いろいろ、想像したりするのが、好きなんです。
初トラックバックです (lilnana)
2006-03-13 13:24:54
ありがとうございました。このトラックバックを参考にあたしだけじゃなく、他の人もマザーテレサについて興味を持っていただけるようになるし、映画もぜひ観てほしいなぁ・・って思います
lilnanaさん (kimion20002000)
2006-03-13 16:26:24
コメントありがとう。

僕も、映画館では見れなかったので、DVDが出たので、ようやく見れました。以前のドキュメントを見ている人は多いでしょうが、この映画も見て欲しいですね。
TB有り難うございました。 (ひつじ)
2006-03-13 18:19:14
マザーテレサの語られる1つ1つの言葉に、

力と強い信仰を感じます。



「神が望まれれば実現する。シンプルなことよ。」

マザーの言葉を思っています。



来日した際、

「カルカッタでボランティアをしたい」と言った方に、

「本当に有り難う。でも、わざわざカルカッタまで来なくても、あなたの周りのカルカッタで喜んで働く人になって欲しい」

そう言われたという話しをされたと聴いたことがあります。



たくさんの方がこの映画を見て、

1人1人が自分の周りのカルカッタを思えればよいですね。
ひつじさん (kimion20002000)
2006-03-13 19:52:57
コメントありがとう。

テレサはゆるぎないですね。進歩派や、ヒューマニストや同伴者が、すべて相対化されます。
TBありがとうございました (sumiko)
2006-03-13 21:55:48
いい映画でしたね。

こちらからもTBさせていただきますね。
sumikoさん (kimion20002000)
2006-03-14 00:09:07
諒解しました。今後とも、よろしく。
トラックバック有難う御座いました (隻手の声(佐藤節夫))
2006-03-14 01:06:39
 20世紀で世界の人々に貢献された女性のうち、

5人の中に入るのが、マザー・テレサですね。

去年映画館へ行けなくて、DVDで観ることが出来た。

音楽がしっとりと彼女を包み込んで、貧しい人に

対する徹底した愛情を感じました。私は「言葉」

にこだわってブログを書きました。

これを機に訪問させて頂きます。

有難う御座いました。
佐藤さん (kimion20002000)
2006-03-14 01:16:55
コメントありがとう。

僕はなかなか出来ないけど、「言葉」にこだわることって、一番大切なような気がします。

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