サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

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父との確執/堤清二(元セゾングループ代表)/86歳

2013年11月28日 | 毎日がメメント・モリ

堤清二氏死去=セゾングループ築く、86歳―作家「辻井喬」

時事通信 11月28日(木)13時5分配信

 流通大手の旧「セゾングループ」を築き、「辻井喬(つじい・たかし)」のペンネームで作家としても活躍した堤清二(つつみ・せいじ)氏が25日午前2時5分、肝不全のため東京都内の病院で死去していたことが28日、分かった。86歳だった。葬儀は近親者のみで済ませた。喪主は妻麻子(あさこ)さん。後日、お別れの会を開くが日時、場所などは未定。
 西武グループを興した堤康次郎氏の次男として1927年に東京都で生まれた。西武鉄道グループを率いた堤義明氏は実弟。51年に東大経済学部を卒業。在学中は左翼活動に傾倒した。53年再入学した東大文学部時代には、衆院議長だった康次郎氏の秘書を務めた。
 54年西武百貨店に入社。64年の康次郎氏の死去後、西武グループの流通部門を分離・独立させ、西武百貨店や西友、パルコなど小売業だけでなく、外食、ホテル、リゾート開発、金融など幅広い分野を手掛けるセゾングループを築いた。しかし、バブル経済崩壊後に経営が急速に悪化し、91年に代表を退いた。私財を投じて87年に設立したセゾン文化財団で理事長を務め、さまざまな文化活動の支援も行っていた。
 辻井喬のペンネームで執筆した詩集「異邦人」で61年に室生犀星詩人賞を受賞。その後も企業経営の傍ら詩人、小説家としても活躍し、多くの賞を獲得したことから「文化人経営者」と称された。2007年には日本芸術院会員に、12年には文化功労者に選ばれた。 

なんといっても、西武グループの創業者である父・堤康次郎が強烈過ぎた。
特に女性関係。女と見れば、手当たり次第に、手を出した。
嫡子として認めた子供は、12人だが、100人を超えるのではないかとも言われた。

堤清二は青山操が母親だといわれているが、青山家は士族の出で、倒産した東京土地の経営者一家。その四姉妹を、堤康次郎はものにしようとした。
そしてまず操の姉を身ごもらせ、次に16歳だった操の妹を身ごもらせた。
清二は、実は操の姉の子だとも言われている。
もちろん、国土を継ぐことになった義明は、新潟の政治家の娘であった石塚恒子の子供であった。

僕は、20代、30代の時、西武グループのキーマンの何人かにお会いすることがあった。
堤清二をめぐるエピソードをいろいろ聞いたが、それは実業家としての清二のエピソードであり、詩人である辻井喬のエピソードではなかった。
一番面白かったのは、バブルがはじけて、清二も責任を取り辞職をして何年か後のこと。
アメリカのロックフェラー一族が、日本での資金の管理人として、清二を指名したと言うもの。
その真実はわからない。

清二は、最後まで父・康次郎の亡霊と戦ったと思う。
康次郎が死んだのは、1964年満75歳のこと。
清二は86歳で没したが、ここでは父より十年以上、長生きしたことになる・・・合掌! 





 

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