サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

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mini review 06174「うつせみ」★★★★★★★☆☆☆

2006年10月22日 | 座布団シネマ:あ行

『魚と寝る女』や『悪い男』の鬼才、キム・キドク監督による幻想的な愛のファンタジー。ミステリアスな青年を演じるのは、現在韓国で最も注目される若手俳優のジェヒ。彼は劇中一言もせりふがないにも関わらず、その美貌と眼力で観客を惹き付ける。孤独な人妻役には元ミスコリアのイ・スンヨン。寂しさを抱える2人の男女の運命的な出会いは衝撃的。監督は2004年のベルリン映画祭で『サマリア』、ヴェネチア映画祭では本作で最優秀監督賞に輝くという偉業を成し遂げた。[もっと詳しく]

もしかしたらギドクは、日本で映画製作をすることになるかもしれない。

 相変わらず、キム・ギドクのことを考えている。
引退発言の真意もそうなのだが、「ギドク監督の仕事の拠点が、日本にあった場合は、どうなんだろう」というようなことを。
たとえば、今年の3月30日、ギドク監督は、「
うつせみ」の日本上映を前にして、恵比寿ガーデンプレイスで行定勲監督とトークショーをおこなっている。
そこでは次のような発言をしている。



「教育のせいで、私は日本を誤解していた。何度か来日し、投資も受けるようになった今、180度変わった。<うつせみ>の主人公も日本の
金子賢安藤政信にオファーしていた。また<弓>や<時間>のヒロインも日本の女優も検討した。実現しなかったが、今後も、日本でのロケや日本のスタッフ・俳優との共同作業をぜひ追及したい」
「私の映画には国籍がない。日本も韓国も娯楽映画、コメディや商業映画で多くの素晴らしい映画が消えていっている。私はこれからもずっと、小さくともこの世の中に存在しなかった映画を作って、皆さんに会い続けたい」
日本のファンや投資家に対するリップサービスも入っているかもしれない。
この発言に対して、行定監督は自らプロデューサーを買って出ている。
「ギドクが日本で映画を撮れば、日本映画も進化するだろう」と。



たしかに、たとえばこの「うつせみ」という作品をあげてみれば、舞台が東京であろうが、なんの違和感もないように思える。
主人公の男女は、ともに言葉を交わさない。
時代は現代。典型的な中流階級の住宅街。マンションもあれば、少し豪邸めいた一軒家もある。浮遊する市民社会のなかの、核家族的に閉ざされた住居空間。
そこで、夢とも現とも幻ともつかぬ、奇妙な潜入者による秘密裏の空間占拠が行なわれる。

巨匠であれ、インディーズ系であれ、日本の現代監督にも、好まれそうなシチュエーションである。
すぐに何人もの監督や俳優の顔を思い浮かべることが出来る。
けれども、このシチュエーションを、ギドクのように撮影してしまう監督は、やはりいないのではないかとも思われる。
それだけギドクの特異性は、際立っているのだ。
原題「空き家」、英語題「3-Iron」、日本題「うつせみ」。
ヴェネチア映画祭で最優秀監督賞はじめ全4部門を独占した話題の作品である。
いつものギドク作品のように、いきなり特異な世界が提出される。

 

テソク(
ジュヒ)はバイクで住宅街を廻り、チラシを門に貼り付けている。ふたたび巡回し、チラシがそのままの状態(留守である可能性が強い)の家を選び、ピッキングして慎重に潜入する。
まず、留守電を調べ、外出が確認されると、テソクは腰を落ち着ける。部屋を見て周り、生活を観察する。
その家族の洗濯物が残っていれば、風呂場で石鹸で洗い、きちんと干し場をみつけ、丁寧にハンガーにかける。冷蔵庫を覗き、残りもので調理をし、食事をする。電化製品に故障をみつければ、修理する。植物があれば、水を吹きかけてやる。
風呂に入って、ガウンを身に着けたりもする。時折は、デジタルカメラで自分を映し出している。
ちょっとした戦果のように。なにかを破壊するわけでも、窃盗するわけでも、荒らすわけでもない。
ただ、他人の空間に存在し、そこにまるで日常のようにテソクの時間を刻んでいくだけである。

 

ある豪邸に同じように不在を確認し潜入したが、実は、家の中に主婦ソナ(
イ・スンヨン)がおり、逆にテソクが行動を観察されていた。
ソナは夫から家庭内暴力を受けているようで、顔を腫らし、痣ができている。
テソクは叫び立てないソナを不思議に思い、後日また訪れることになる。
入浴しながら、号泣するソナを覗き見、テソクは音楽をかけ、そして、ソナのためにドレッサーから衣服を取り出し、食事も用意してあげる。
ソナとテソクは、永年の知己のように夫が不在の家で、空間を共有する。

帰宅した夫に対して、仇討ちのようにテソクは庭のゴルフボールを3番アイアンで夫を狙い撃ちする。夫が身悶える隙に、テソクはソナを連れて出る。
それからは、テソクとソナは行動をともにし、ふたりで、留守宅への不法潜入をくりかえすことになる。
あるとき、潜入先で癌で死んでいる老人を見つけ、ふたりは丁寧に死体を葬る。訪ねてきた家族に見つかり、殺人犯の疑いで、警察に連行されるのだが・・・。



ふたりの行程のなかで、印象深いシーンがふたつある。
ひとつは、歴史が感じられる門構えの、民家に潜入したとき。
よく庭木が手入れされ、大きな壺には蓮が浮かべられている。部屋に上がると、ゆったりとした歴史もののソファーがあり、ふたりは並んで座り、テーブルにあるお茶を注ぐ。ソナは足をテソクの足に接触させる。ふたりは、たぶんはじめて、キスをする。
この家の若い夫婦は、まことに仲の良さそうで、また優しげだ。
後日、ソナは、夫の罵声に耐えがたく、ふらっとこの民家を再訪し、ソファに身を投げ出し開放された様に眠る。
若い夫婦は、静かに、寝かせてあげる。
テソクも出所後、訪れる。姿はみえないが、夫婦は静寂な中にも、気配を感じている。
この民家では、テソンとソナはいつものように生活を刻まない。ただただ安逸で心やすらぐ空間を借りに来ている。

もうひとつは、3番アイアンで、針金で固定したゴルフボールをなぐさみに打っていたテソクだか、ボールが誤って飛び、車に乗っていた女性に衝突し大怪我を負わせてしまう。
はじめて、動揺し、泣き出すテソク。
その姿を見て、ソナは腕を廻し、テソクを抱擁する。
今までは、テソクがソナを庇うように抱擁していたのに。



テソクは拘留される間に、自らの気配をなくす技を修練する。
そして、ふたたびソナの家に舞い戻る。
ソナに笑顔が戻る。夫には見えない。でもソナには見える。
ソナは初めて言葉を発する。
「愛している」。
夫は、自分に向けられた笑顔であり言葉であると思い、嬉しくて仕方がない。
夫は喜んでソナを抱き締める。ソナは、夫の抱擁を受けるが、彼女が手を伸ばした先には、テソクがいる。

「実際のところ何が現実で何が夢なのか知る由もない。私たちは現実と幻想の際(きわ)で生きている」というテロップが流れる・・・。
この幻想のような物語は、自分の身体性を出来うるならば極力ゼロにしてしまいたいという、生活拠点を持たない青年の夢想なのか?
あるいは、横暴な夫に縛り付けられ、自分ではどこにも行けず立ち暮れる、ひとりの主婦の脱出願望がみせた幻なのか?
ギドクは(観客を裏切ることになるがという前置きを置いて)、自分の衝動をどうすることも出来ず、女性の信頼も勝ち取ることもできない夫が、妻に対して懺悔のように見せてあげたかった夢かも知れぬ、などと僕たちを煙に巻く。

 

「映画」はどのようにもその解釈の自由度を与えられている。
僕たちは、テソクやソナの実体など、もはや気にかからなくなっている。
ふたりは、地上の重力から、遠く離れている。
もし、愛の純度を計るとすれば、現実(地上)からの遊離の度合いであるかもしれないと、僕たちは思いたくもなる。
誰でも一度や二度は、そういう観念にとりつかれたことがあるのではないか。

夢幻のような愛の刹那。
テソクとソナが抱き合って体重計に乗っている。針は0を指している。
ここは、地上ではない。
誰ももう、ふたりの観念の、邪魔をすることはできない。
結局のところ、ギドク監督は、そうした儚い「夢幻」と「うつつ」の皮膜に、人間の本質あるいは美というものを置こうとしているように見える。

この感性は、もしかしたら、散り行く桜にあわれを感じ、居を定めぬ歩行に自然を寄り添える、僕たち日本人の身体に記憶のように残る美意識に、極めて、近似しているのかもしれない、などと思ってみたりする。
だとすれば、ギドクの紡ぎだす幻想世界は、ヨーロッパでその孤高な芸術性により評価されているのとは少し異なり、この日本では、自然感性の部分でこれまで以上に、受け入れられていくことになるのかもしれない。

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42 コメント

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日本で (かえる)
2006-10-23 18:37:41
こんにちは。

ギドクが韓国での映画作りをやめるというと、当然ヨーロッパに移るのだろうなと思っていたんですが、なるほど日本で活動する可能性も大いにあるんですね。

とにかく撮り続けてほしいですー
TBありがとうございます (naohin)
2006-10-23 23:24:54
記事を読ませていただいて、とてもとても勉強になりました!

またお邪魔させていただきます。
かえるさん (kimion20002000)
2006-10-23 23:43:31
こんにちは。

仮説ですけどね。日本に常駐することはありえないでしょうが、なんらかのコラボレーションはあるでしょう。それがまた、韓国の方たちの、反発を買うことがあるかもしれませんけどね(笑)
naohinさん (kimion20002000)
2006-10-23 23:45:20
こんにちは。

なんか、ギドク監督は僕の中で、気にかかってしまうんですね。あれこれ、僕が気を廻しても、しょうがないんですけどね(笑)
ギドクが日本人俳優で映画を撮ったら (eiga55)
2006-10-24 01:20:41
TBありがとうございます。

キムギドクが日本人の渋い俳優さんで映画を撮ったらと思うとわくわくしますね。
eiga55さん (kimion20002000)
2006-10-24 02:36:58
こんにちは。

日本の、キャスト&スタッフとの共同は、必ず近いうちにあると、僕は、確信していますね。
行定監督とは凄く親しいらしいとか・・ (latifa)
2006-10-24 09:59:20
こんにちは、kimion20002000さん、

TBとコメントありがとうございました^^



>うつせみの主人公も日本の金子賢や安藤政信にオファーしていた。

え~~!そうなんですか!!それは初耳でした。

この2人ってば、キッズリターンのコンビじゃありませんか、私のお気に入りの映画ですぞ。



日本についての事も、昔とは認識が少し変わったようで、やっぱりちょっと嬉しいです。ずい分前ですが、深夜にやってる「チョナンカン2」でゲスト出演した際に、日本映画についてや、自分の映画、韓国映画について、冷静に鋭く見ていらっしゃっていて、改めて、キム・ギドク監督、やるなぁ~!と思いました。

その時に、行定監督他、日本の監督さんと、とっても親しいこともお話されていました^^
ギドク×日本映画 ()
2006-10-24 11:44:48
ギドク監督が日本でつくるとしたら、ぜひ旧日活系のスタッフと組んでほしいというのが個人的願望です。彼の映画(特に初期の「青い門」や「魚と寝た女」「悪い男」など)に日活ロマンポルノの影、というかそれ以上のものを感じて仕方ないのです。
あまり期待していなかっただけに・・・ (ヒソカ)
2006-10-24 12:19:21
「悪い男」を観てキムギドクのファンになったのですが、

「うつせみ」はチラシの画を見る限り、正直あまり期待していませんでした。



しかし、個人的に「うつせみ」は「悪い男」と同じぐらい好きな

作品です。



男性の主人公にもろ共感してしまいました。

あの刑務所で存在感を消す訓練をするシーンは物凄くスクリーンに

引き込まれました。



話は変わりますが、kimionさんは「差出人不明」はご覧になりましたか?

周りで観た知人たちがいい作品だと言っているので。

私はまだ未見なのですが・・・

コメント多謝 (kimion20002000)
2006-10-24 15:46:41
>latifaさん



日本にもいろんな支持者がいますからね。北野プロも手を上げそうな気もしますね。それはそれで、楽しみです。



>雄さん



なるほど、そうかもしれませんね。でも、日活ロマンポルノの関係者も、随分と、年代がたってしまいましたからね。そこに影響されている、若手の関係者あたりかな?



>ヒソカさん



えーと、「差出人不明」ではなく「受取人不明」です(笑)

僕の拙いblogもupしてますので、検索してください。

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