サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

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mini review 09376「007/慰めの報酬」★★★★★★☆☆☆☆

2009年08月11日 | 座布団シネマ:さ行

イギリスの諜報部に属するスパイ、ジェームズ・ボンドの諜報活動を描く人気スパイ・アクションのシリーズ第22弾。前作のエンディングから続く本作では、任務と個人的な復讐(ふくしゅう)の間で葛藤(かっとう)するボンドの姿を映し出す。監督は『チョコレート』のマーク・フォースター。ボンド役をダニエル・クレイグが続投し、『潜水服は蝶の夢を見る』のマチュー・アマルリックが悪役で登場する。世界でロケを敢行したスケール倍増のアクションに圧倒される。[もっと詳しく]

ポール・ハギンズは前作に続き、「007シリーズ」を大胆にチェンジしようとしている。

スパイ小説には結構、はまっていた時期がある。
中学生の時から、ほぼ毎月「ミステリーマガジン」を購読しており、本格推理ミステリーとあわせて、冒険小説、怪異小説、ファンタジー小説などと並び、スパイ小説とでも呼ぶべきジャンルがあったからだ。
もちろん創元文庫、ハヤカワミステリーだけでなく、新潮文庫などでも、スパイ小説は結構、出揃っていたのだ。
誰だってそうなのだろうが、コナン・ドイルのシャーロックホームズから推理ミステリーに入る少年たちは多い。
このホームズを主人公にした物語群にも、国家の密命を帯びたスパイ小説的な作品もいくつかある。
ただ、どちらかというと、僕の入り方は、キャロル・リード監督の『第3の男』(50年)であまりにも有名なのだが、その原作のグレアム・グリーンからであったように思う。
この人は、屈折しながらも、最後までカトリックであり、共産主義へのシンパシーを持ち続けた人なのだが、自らスパイ活動に身を投じたこともあった。
多くの原作が映画作品となっているが、『ヒューマン・ファクター』『ハバナの男』など、読み耽ったものだ。



第2次世界大戦後の冷戦時代で言えば、やはりイアン・フレミング原作の「007シリーズ」といえばもちろんイギリス諜報部MI6のジェームズ・ボンドなのだが、格好いいスーパーヒーロー的スパイではその右に出るものはいない。フレミングもスパイを経験していたことは、有名な話ではあるが。
一方で、ジェームズ・ボンドと対極のスパイ像を提出したのが、ジョン・ル・カレのジョージ・スマイリーを主人公にしたシリーズであり、レン・デントンのハリー・パーマーを主人公にしたシリーズである。
ジョン・ル・カレでは『寒い国から帰って来たスパイ』(65年)が映画としては有名であり、最近では『ナイロビの蜂』(05年)もヒットした。
しかし、やはり初老の影のように目立たぬ動きをとりながら、ロシアKGBと壮絶な知能戦を繰り広げるスマイリー3部作が小説としては出色であり、スパイ小説を読みながら、泣いたのは、彼の作品ぐらいであるかもしれない。
3部作とは『ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ』『スクールボーイ閣下』『スマイリーと仲間たち』の70年代発刊の3作を指しているのだが、それ以外のスマイリーシリーズも哀愁が漂っており、文学色の高いものである。
一方で、レイ・デントンは、1人称で語る独特の小説作法を持っているが、眼鏡をかけたシークレットエージェントであるハリー・パーマーシリーズは映画化もされているが、もともとは物資の横流しをしていた主人公がスカウトされたという経緯を持ち、結構裏街道のスパイであるところが面白い。



そこからはスパイ小説という範疇かどうかは別とはして、現実の歴史題材を上手にサスペンスに織り込む『ジャッカルの日』のフレドリック・フォーサイスや、海洋モノが得意な『レッドオクトーバーを追え』のトム・クランシーなどは、たぶん全作品を追っているはずだ。
もちろん、独特の歴史観をもつ『針の眼』のケン・フォレットや、「ジェイソン・ボーンシリーズ」で映画でも大人気のロバート・ラドラムも右に同じである。
もうひとり、これはスパイ小説好きには絶対外せないのだが、フリーマントルの「チャーリー・マフィンシリーズ」だ。
チャーリー・マフィンは上司にはたてついてばかりの冴えない風貌の男なのだが、これまた頭脳明晰であり、味方を欺いても自分のプロフェッショナル性を信じて行動するところがとても小気味いい。
日本では新潮文庫で、『別れを告げに来た男』(73年)以来、ほぼ毎年のように新作が出され、本屋で新作を手にするのが愉しみでしょうがなかった。



なんだか、スパイ小説の表面談義のようになってしまったので(笑)、本題に戻ることにしよう。
『007/慰めの報酬』は、前作『カジノ・ロワイヤル』と二部構成のような作品なのだが、ボンド役はこれが2作目のダニエル・クレイブ、脚本も前作に続いて、いまやアカデミー脚本賞の常連でもあるポール・ハギスだが、監督は前作のマーティン・キャンベルから、(何を撮らしても及第点の)マーク・フォスターに代わっている。
もちろん、まだ「殺しのライセンス」を名実ともに与えられる前の、若きジェームス・ボンドに焦点をあてており、前作『カジノ・ロワイヤル』は小説としてはボンド・デヴュー作であり、発表されたのが1953年だからなんと僕の生まれた年に当たる旧い作品である。
それから、映画としては『慰めの報酬』で22作目、ショーン・コネリーをはじめとするボンド役としては、ダニエル・グレイブが6代目にあたる。



監督は異なれど、大ヒットした前作『カジノ・ロワイヤル』のトーンを踏襲している。
いってみれば、「ジェームズ・ボンド・ビギンズ」なのだが、「バットマン・ビギンズ」もそうであったように、なぜかトーンはダークであり、リアルであり、どこかクソ真面目なのだ。
いくら若い日のボンドとはいえ、なんで髪の毛が金髪?顔が傷だらけだしぃ、ボンドガールとのお決まりのベッドシーンがないよ、グラマラスな秘書のマネーペニーは?オープニングのお決まりのカニバレルは?Qが用意する新兵器オタクだったのにぃ、などと、従来の007ファンを困惑させることは確かである。
脚本のポール・ハギスはマンネリ気味のシリーズを、あるところでは『ムーンレイカー』で宇宙まで出かけた大風呂敷の広げ方を、あるいはハイテク武器開発の追いかけごっこ競争を、または不死身の大男との果てない活劇や、もっといえば冷戦も終了した後での国家間の能天気なスパイ合戦のリアリティの欠如を、確信犯的に一掃したかったのではないか。
そうした意味では、前作から今作のこの2作は、たしかに生まれ変わった「007シリーズ」であり、その意図はそれなりに貫徹はしているのである。



ただ前作の『カジノ・ロワイヤル』は、映画はラストをのぞいて原作にかなり忠実なのだが、『慰めの報酬』はイアン・フレミングのある短編のモチーフが使用されてはいるが、ほとんどが創作脚本である。
だって、敵役のドミニク・グリーン(マチュー・アマルリック)は、NPO法人「グリーン・プラネット」の代表であり、文字通り、地球環境の破壊を危惧し、ある意味でゴア元副大統領のようなエコアクションの啓蒙家、伝道師を装っているのである。
そして、ドミニクが狙うのがボリビアの政権転覆であり、そのクーデターを意図するメドラー将軍(ホアキン・コシオ)を支援するのと引き換えに迫るのが、砂漠地帯の資源権利であり、その資源たるやオイルと思いきや、いまやオイルよりも高価だといわれる「水資源」の一元支配なのである。
さすがに、半世紀前のイアン・フレミングの原作は、そこまでは現代史を先取りはしていない(笑)。
だから、あんまり過去の007シリーズを見ていない観客たちには、「いまふうのテーマよね、だけど、なんかイメージしていた007よりちょっと地味な気がするけどなあ」などとの感想がもたれてしまっても、不思議ではない。



前回の、シリーズを通してみても、ボンドが本気で惚れて裏切られて傷ついたという特異なボンドガールに設定されたヴェスパー役のフランス美人女優のエヴァ・グリーンはとても魅力的であったが、『慰めの報酬』のウクライナのモデル出身であるカミーユ役のオルガ・キェリレンコもなかなかクールである。
僕は、この女優さんは、『博士の愛した数式』の原作者である小川洋子の実に幻想的な美しい怪異譚である『薬指の標本』という作品を、ディアーヌ・ベルトランという女性監督がなかなか艶かしくも不思議な味わいを持った作品に仕上げたのだが、そのヒロイン役で出演していたのが、このオルガ・キェリレンコであり、とても惹きつけられた記憶があり、まさかボンド・ガールに抜擢されるなどとは思っても見なかった。
ともあれオーストリア・イタリア・南米など6カ国で撮影をし、アクションは見所満載であり、シリーズ最短の106分にまとめられたと思えないほどの重量感ではある。
まあ、過去のボンドはボンドで別物として愉しめばいいのであり、このダニエル・グレイブのボンドシリーズをあと数作は、見てみたいものである。

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6 コメント

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TBありがとうございました。 (sakurai)
2009-08-14 09:43:38
ホームズ探偵から推理ミステリーにはまるのは、少年だけじゃなく、少女もはまったもんです。
かつての少女・・。

よくできてるとは感じましたが、もうちょっと大人の余裕を見せてほしかったです。
ボーンシリーズを、意識してるなあと感じましたわ。
sakuraiさん (kimion20002000)
2009-08-14 13:15:07
こんにちは。
そうですね、少女でもミステリーにはまる子はいますね。
図書館の貸し出しカードで、いつも重なる女の子がいて、とても気にかかった記憶があります(笑)
Unknown (Bianca)
2009-08-14 16:33:38
kimion20002000さん
TBありがとうございます。グレアム・グリーンと言えば、たった今、『権力と栄光』を図書館に返してきたところで、なんと偶然なんでしょう。これは映画化とは余り関係ないような地味な作品でした。
Biancaさん (kimion20002000)
2009-08-14 17:17:12
こんにちは。
グレアム・グリーンは、基本的には地味な作家です。
ある時代の英国の、左派知識人の代表的な作家だったと思います。
TB有難うございました。 (オカピー)
2010-03-28 12:09:58
ル・カレの映画化みたいに地味なら地味でも良いですが、本作はアクションが派手な割に作品の性格が陰気というちぐはぐさどうも気に入らず、【標準】という評価になってしまいました。
また、アクション・シーンのカット割りが細切れで寄り映像の連続で解りにくく、演出的にポール・グリーングラスの劣化コピーになっていたのにもがっかり。

僕は小学生時代にルパン・シリーズから小説好きになり、純文学と並行して本格推理を読み始めましたが、結局スパイ小説はまともに読んでいないですねえ。

グリーンは「事件の核心」「情事の終わり」等で、自ら信仰するカトリックが内包する矛盾をモチーフに人間の内面にアプローチした作家ですね。
オカピーさん (kimion20002000)
2010-03-28 16:21:21
こんにちは。
グルーンはね、「ヒューマンファクター」とか、イギリスの知的文学に近いですね。
でもまあ、この頃は敵がいつも「テロリスト」になってしまうんですが、ミステリー作家も世界構図が複雑すぎて難しい時代になってきましたね。

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